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玄関に入り、靴を脱いで廊下へ上がった時、霧咲はあれと首を傾げた。そのまま一瞬だけ停止する。
「あの、どうかしました?」
「・・・ああいや、何でも無い。悪いね、大人数で押しかけて。んじゃ、取り敢えずもうちょっとだけ詳しい話を聞かせてもらっていいかい?」
「あ、はい。ちょっとお茶を淹れてくるのでリビングで適当に座ってて下さい」
そう言って山野は台所へと消えて行った。といっても、通された居間からその光景は丸見えである。思っていたよりリビングは広いが、圧倒的に部屋数が少ない。それは確かに家族用ではなく、独り暮らし用の間取りだった。
――が、気になったのはそこではない。
てっきり心霊スポットから連れ帰った霊の空気がするものと思っていたが、感じるのは至って浄も不浄も無い、普通の空気。とてもじゃないが何かいるとは思えない。勘違いかとも思ったが、それにしてはハッキリ視えすぎているような。
「やはり、大人数過ぎましたね・・・」
「あー、予想はしてた。悪いな、肩身の狭い思いをさせて」
「いえ・・・。それより、誰か紅鳶が粗相を働かないか見張っておくべきではないでしょうか。彼、大食らいですし・・・出された菓子類を食い尽くしてしまう恐れがあります」
「わかった、わたしが見ておく」
「それがいいでしょうね。まったく、こんな幼子に面倒を見られるとは・・・しっかりしなさい、君も」
「俺さぁ、今日はまだ何もやってないんだけど?」
酷く困惑した顔をしている紅鳶はすでに何か食べている。支部から食べ物を持って来たのかもしれない。すでに色々失礼である。
「お待たせしました!えーっと、それで、詳しくってどのくらい話せばいいんでしょう?最初から話した方が良いですか?」
人数分の茶を持って来た山野美香はそう言うとチラチラとこちらの様子を伺う。警戒されていると言うよりは前回はいなかった自分と月白に気を遣っているような表情だ。案外チョロい子なのかもしれない。
ともあれ、そんな彼女の問いには首を横に振る。話の大筋は録音機のおかげで分かっているし、聞きたいのはもっと怪奇的な話だ。この部屋で起こる、ありとあらゆる奇々怪々について聞きたい。
「――つーわけで、まあ他にどんな怪奇現象が起こるのか説明してくれ」
「えっ、ああ、はい」
ぼんやりと月白を見つめていた美香女子高生はその一言で我に返る。目鼻立ちが整っているのは紅鳶も同じはずだが、何故かいつも女の子に熱い視線を向けられるのは月白の方である。一体何が違うというのか、おじさんにはさっぱり分からない。
「あの、本当に見間違いなんかじゃないんです。もう何度も何度も・・・知らない人がその窓から覗いていた事がありました。女の人だったと思います、怖くて確認はしていないんですけど――」
始まったのはどこでも聞くような人間霊による被害だった。驚く程テンプレート。同時に被害件数が多い案件でもあるので彼女が言う言葉が嘘であるとも思えない。
さて――どうしたものか。残念ながら、霊的なモノの気配は本当に無いのだ。しかし、彼女の周りで起きている現象は紛れもなく『そっち側』の出来事。どう対応すべきか。
「おーい、ちょっと良いか?」
女子高生の話を聞きながら対処法を練っていた霧咲の耳に間の抜けた声が飛び込んできた。うんざりした気持ちで声の主を見れば、紅鳶が少しばかり困った顔で片手を挙げている。時々自己主張が激しいのだ、奴は。
「・・・どうした?」
「あー、ちょっと俺と芽依は外に出てていいか?戻って来なかったら車に乗ってるよ」
「は?いやいいが・・・近隣住民の邪魔にならないようにしろよ」
「おーう。よーしよし、行くぞー」
そのまま紅鳶は芽依の腕を掴むと一目散に部屋から出て行った。玄関のドアが閉まる音で本当に外へ出てしまったのだと悟る。何かあったのか、或いは紅鳶の方が人の話を聞くのに嫌気が差したのか。