No.001

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 翌日、依頼人の山野美香に連絡を取ったところ、意外にもあっさり訪問して良いと言われた。今日は平日だが学校は休むそうだ。話を聞くのに立ち会ったわけではないのでどれ程切迫した状況なのかは分からないが余裕は無さそうである。
 車に乗り込んでエンジンを掛ける。助手席にはりんごジュースのペットボトルを持った芽依が行儀良く腰掛けていた。なお、《うろ》2体は後部座席である。実体化させるとゴロゴロした男共が2人も増えるので人には視えない方向で同行させたかったが、そうなるとやっぱり絵面的に問題があるので何かの集まりだとでも思わせる為に人の目に写って差し支えない姿にさせている。

「このTシャツ、というものは・・・動きやすくはありますが耐久力は期待出来ませんね」
「アンタさぁ、シャツは良いぜ?着物なんて時代遅れだって。着にくいし、袖は引っ掛かるし袴なんてトイレ行きにくいだろ?」
「私は趣を大切にしているんだ。君こそ、たまには正装した方がいいのでは?」
「えー、もうシャツの楽さに慣れちまったらあんなゴテゴテしたもん着られないってー」

 シャツの良さを語る紅鳶と落ち着かない様子の月白。なお、どちらも《うろ》である。紅鳶も最初は着物だの何だの以外は着たがらなかったらしいが、昼間から小学生の芽依が一人でうろついていると補導されてしまうので仕方無く実体化時はシャツだの何だのを着ていた。それが今ではこうである。

「それは良いんだけどさ、俺の声にメッチャ山野ちゃんビビってたんだよなぁ。傷ついちまうわぁ〜」
「気にしちゃ、だめ。おじさんがあやしいのは今にはじまったことじゃないよ?」
「うんうん、おじさんへ的確にトドメを刺してくる芽依ちゃんの発言嫌いじゃないぞ」
「あの、我々の事は依頼人には説明しているのですか?さすがにこの人数でいきなり現れれば驚かれるのではないでしょうか?」

 月白の問い。ミラーで座席を確認すれば心配性の相棒は胡乱げな顔をしていた。一つ間を開けて隣に座っている紅鳶はと言うと熱心に自分の爪を見つめている。

「その心配は要らねぇよ。お前と俺が《協会》の本命で、紅鳶は芽依の保護者だって事で話を通してる。まあ、あまり部屋が狭いようだったらお前は外に出といて貰うかもしれないな」
「困りますね。ただでさえ貴方はすぐに怪我をするひ弱で脆弱な人間なのですから、適当に言いくるめて私を置いておいた方が良いのでは?」

 そうだよ、と同意したのは意外にも芽依だった。

「おじさん、弱いから・・・。いつもケガするし」
「お前等ねぇ、色々なフラグ立てようとするの止めろよ。やになってくるだろ!」
「あ、俺の最優先は芽依だからな。オッサンは何かあったら自分で逃げるんだぞ」
「紅鳶よぉ、お前はいつもそうだよな!でもこの中で一番ひ弱なのおじさんだから!おじさんは豆腐より弱い耐久力しかないからぁ!!」

 チクショウ、と口汚く悪態を吐きながら駐車場に車を駐める。20分で300円。うん、10分で話を切り上げて帰ろう。まあ、それこそ何事も無ければの話だが。
 到着したアパートは一言で言えば普通、そんなアパートだった。どこにでもある独身アパートで、干されている洗濯物の量やカーテンも無い空き部屋、それら諸々を見合わせても家族はいないと見ていいだろう。そもそも、何人もの人間が一緒に生活出来るような広さの部屋ではない。
 ――いかん、本当に月白は連れて入れないかもしれない。芽依と紅鳶を外で待機させるのも考えたが、話を受けたのは芽依だ。彼女を省いて話を進めるのは依頼人の不信感を煽る恐れがある。そして、芽依が着いて来るのなら絶対に紅鳶もセットと考えて良い。となると、やはり外へ置いておくのは月白という事になる。
 ごちゃごちゃと打算的な事を考えながら、1階一番端の部屋のインターホンを押す。すぐに電話でも聞いた山野美香の声が応じた。

「あ、えーっと・・・あの時の女の子・・・あ!どうぞどうぞ、今開けますね!」
「はーい、お邪魔しますよ、っと」

 一瞬だけ警戒の色を滲ませた山野だったが、芽依の姿を認めて態度が変わった。こういうデリケートな依頼主の相手をさせるなら芽依に限る。彼女がいるだけで女子高生の家へ出入り可能だ。