第4話

3-1


 翌日。その日の体調は大変良かった。昨日無理をせず惰眠を貪ったのが功を奏したのだろうか。
 電車の中で広げた本の字を追いながらぼんやりと考える。それにしたって、気怠さも無ければ倦怠感も無い。とにかく絶好調と言うに相応しい体調には少しばかり不安を覚える。虚弱体質と言うわけではないが、かといって身体が強いかと言われればそうでもないはずだ。
 冴えている目で瞬きを繰り返し、今日も今日とて『きさらぎ駅』への手掛かりを探る。そもそも、そんな簡単に異界へ行けるものなのか。延々とこの仕事をやらされるのも疲れてくる。
 ――あ。
 不意にぐらり、と視界が揺れた。それと同時に襲ってくる眠気。ああ、酷く嫌な予感がする。それは予感というには強すぎて、もういっそ確信と呼んだ方が良いのかも知れない。
 寝ちゃ駄目だ、反射的にそう思った直後には意識が飛んだ。


 ***


 いつか聞いた異様なアナウンス。
 ただし今回は何と言ったのか脳内で聞き取りづらいその声を変換できた。
 曰く――「こちらはきさらぎ駅でございます。ご降車の際はお足元に注意してお降り下さい」。聞き覚えの無い駅名以外はどこでもよく聞く文句。それが余計に異様さを煽る。
 ゆるゆると首を動かして車内の様子を確かめる。乗客は自分一人、外の景色は夜。原っぱのようなものが広がっており、ホームにも人の姿は無い。あまりそうであると思いたくはないが、間違い無く以前来た駅と同じ光景だった。
 本能的恐怖に足が竦むも、それは以前ほどではない。信じたくはないが、様々な怪奇現象に関わっているうちに慣れてしまったらしい。何とも嫌な慣れである。

「このまま帰れたりは・・・しない、か」

 口を開けたまま止まる電車は神無の感覚が狂っていなければ5分以上何もせずただただ停まっている。唯一の乗客である自分が降りるまでは梃子でも動かないつもりなのだろう。予想の範囲内だ。
 ポケットにある異界対策符の手触りを確かめ、バッグを握りしめてドアとホームの仕切りを跨いだ。ホームへ両脚を着いた途端閉まる乗降口。
 それには差ほど驚かず、小さく溜息を吐いてスマートフォンを取り出した。慣れた手つきで登録した天乃美琴の番号を探し出す。事前打ち合わせの結果、対策符だけでは不安なので電話という形で外界と接続しておこうという結論に達したのだ。
 『きさらぎ駅』は《うろ》の住処ではなく、怪談を拠り所としている。電話が繋がるという事はそういう事なのだが、問題は繋がらなかった場合である。それはつまり、すでにどこかの《うろ》がこの駅を根城にしているという意味だ。

『――あ、もしもし。神無ちゃん?』

 いつもの通り楽しげな美琴の声が鼓膜を打って、神無は一先ず安堵の溜息を吐いた。