2-4
ゴトンゴトンゴトン。
電車がやって来る音が聞こえる。ああ、いつになったら『きさらぎ駅』へは行けるのか。課題を後に残しておくのは嫌いだ。それはきっと任務にだって当て嵌まる。
『間もなく電車が参ります〜。白線の内側までお下がりください〜』
さて、今日も1日が始まる。何となく憂鬱且つ、重い身体を引き摺りながら電車へ乗り込もうとした――時だった。聞き慣れないアナウンスが流れたのは。
『――電車が参ります〜。この電車に乗るとあなたは怖い目に遭いますよ〜』
妙に間延びした声。よくこんなのでアナウンスOK出たな、心中で呟きながら歩を進める。怖い目に遭う為に毎日一人で登校しているのだ、今更何を言うのか。朝からもっと憂鬱な気分にさせないで貰いたい。
そんな事より電車だ。電車に乗らなければ。嫌な事は早く終わらせたい。
学校に着いたら本を返しに行かないと。朝に読む本を借りなければ一度読んだ本をもう一度読まなければいなくなる――
電車に乗る事だけを考えていた為、その他への注意は散漫だった。
「えっ!?」
不意に背後から肩を掴まれ、力任せに引き戻される。何だ何だ、変質者か何かか。驚きで声も出せないまま、ただ思考停止の反射で振り返る。
「・・・あれ、烏羽・・・」
「そっちの電車には乗らない方が良いぞ。ああ、それともバラバラに分解されるのが好みか?」
「はぁ・・・?」
ゆらり、視界が揺らぐ。
その非現実的な光景を前にして思い出した。そういえば、自分は具合が悪くて部屋のベッドで眠っていたのではなかったか、と。
腕を組んだ、色の無い瞳でこちらを見つめる烏羽の感情は伺えない。面倒だ、という顔でもなければ面白いものを見たとにやけているわけでもない。ただただこちらの様子を伺っているかのような視線。
その真意を理解するより早く、脳が覚醒し、部屋の天井を見上げていた。
「・・・夢」
「随分だな。俺が起こさなければこのまま二度と覚めぬ夢を見るところだったぞ」
「はぁ・・・それはその、どうも」
滲んだ額の汗を拭いつつ、当然のようにベッドの横に立っている烏羽を視界に入れる。起こしてくれたらしいが、彼は夢の中で見た時のように淡泊な表情をしていた。ただし、視界がハッキリしている為、分かる事が一つだけある。何か思案しているようだ。しかしその目は死にかけの動物を見る様な、残酷な好奇心に溢れている。
人が夢を見てうなされているのを面白可笑しく鑑賞していたのだろうか。人は悪いが最終的には起こしてくれたようだし、頼りにはなるのだが。が、取り敢えずは――
「二度寝するから、部屋から出て貰えないでしょうか」
「さっきの今でよくも二度寝などという戯れ言をほざけたな」
「当たり強くない・・・?」
「間抜け」
唇を引き結んだ烏羽はしかし、吐き捨てるようにそう言うとお願いした通り部屋から出て行ってしまった。なお、ちゃんとドアも閉めてくれる謎の気遣いもあり怒っているわけではなさそうである。
それにしても、さっきの夢。あのまま電車に乗っていたらどうなっていたのだろうか。