第4話

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『【異界に迷い混んだ際の注意事項】
・異界にはそれぞれのルールがある。出来うる限りそれに則った行動をする事
・出来うる限り《うろ》の力に頼らず自力で抜け出す事
・誰かとの連絡を決して絶たない事。それは元の世界へ繋がっている
・異界での会話はしない事
・食べ物は絶対に口にしてはならない』

 最低限、異界へ迷い混んだ時のルールだ。ただし天乃曰くこれまったく意味無いらしいが。つまりこれはアテにせず『きさらぎ駅』独自のルールを探さなければならない。とは言っても今は割とホットな怪談なので情報集めには事欠かないだろう。
 かくして、集まった情報の断片達は成る程確かにどこかで小耳に挟んだような、学校内でまことしやかに伝えられているものだった。話題に関心が無い自分ですら知っている事もザラ。この情報の力、人間による畏怖が怪異を増長させるらしい。どういう原理なのか未だによく分からないのが実情だが。
 行き方は単純。今の所『主がいない、怪異が発生源の異界』である『きさらぎ駅』はそれが入って来る人間を選別する。意志の無き意志が迷い人を決めるのだ。
 一見すると運任せのように思えるかもしれないが、細い糸をたどるような条件がある。それはただ一つ、周りの事など忘れるような状態にある事だ。例えば最初に異界へ迷い混んだ時のように他の音が一切聞こえなくなる程深く読書に明け暮れていたり、或いはうっかり眠ってしまったり。

「神無ちゃんは異界を引き寄せやすいみたいだから、これですぐに行けるんじゃないかな。きさらぎ駅」

 これは天乃美琴の有り難いお言葉だ。それなりに心配はしてくれているようだが、彼女が会話に加わると緊迫感に欠ける。彼女は彼女自身に悪く作用する全ての事柄から護られているので当然だ。
 そしてこちらの方がある意味重要な――そう、異界での禁止事項というルール。肝心な話であると同時、聞く生徒によって情報が全く異なる未知の領域だった。
 まず一つ、電車を降りてはならない。が、調査という名目で動いているので駅に降りないわけにはいかない。これは却下である。目を瞑る他無い。
 他は単純だ。食べ物を食べるな、トンネルには入るな――などなど。
 最期、スマートフォン及び外界との連絡手段は命綱。また、それら電子機器の充電の減りは早い。よく考えて使うべし。どうやら、ここの異界では通信制限はあれどそれなりに外と連絡が取れるらしい。
 あとは太鼓の音だの鈴の音だの色々情報があるにはあるがそのほとんどは真偽の程が不明である。噂だけが一人歩きしている感じ。
 パタン、とノートを閉じる。何かあったら取り敢えずノートを取るのは真面目な学生の性と言えるだろう。さて、あとは授業を受けて帰りに『きさらぎ駅』トライだ――

「うっ!?」
「ど、どうかしたの?神無ちゃん?」

 一緒に弁当を食べる仲である前の席に座った友人が唐突な呻き声に胡乱げな声を上げた。しかし、神無としてはそれどころではなくそっと廊下を伺う。
 行き交う制服姿の生徒達、キュッキュという上履きの音に笑い声や怒鳴り声。それは一見変わらぬ学校の風景に見えた――見えているのだろう、自分のような人間を差し置いて。
 生徒達より頭一つ二つ高いどころか突き抜けている長身、恐らくはそんじょそこらの女性より艶やかな長髪に切れ長、紅い瞳のどうみたって人外なその人。相棒、烏羽が廊下から何故か手招きしていた。ここ数日で見慣れた、非常に機嫌の良さそうなしかしどこか引っ掛かりを覚える笑みを浮かべて。