2-8
行くぞー、と勇んで常盤が取り出したのは棍だった。長い棒。それは優に彼の身長を超え、更には烏羽の身長より長い。それを華麗にくるくると回しながら好戦的に微笑む。対して烏羽は帯びた刀の柄に手を掛けただけだった。
本当に不利なのかもしれない。だったらさっさと異界から抜けてしまえば良かっただろうに、まったく何を考えているか分からない。
「ちょっと、大丈夫・・・?」
「えへへ、負けないよ!青朽葉の時は2対1だったし、何よりもう異界が崩壊していたけれど、僕の異界には貴方達2人しかいない。崩壊しようがないよね。本当、アイツは大雑把だからさ」
「人数過多だった、って事?」
「うんうん。物分かりの良い子は好きだよ。君、霊力も普通の人間に比べたらそこそこあるし、僕もっとパワーアップしちゃうかもね?」
「脳は花畑か」
瞬間、銀色が一閃した。あの時に見た殺陣を思い出すが、常盤はそのあり得ない速度で振るわれた刃物を軽くひらりと躱す。ここに来て初めて烏羽が持っている武器の全容を拝む事に成功した。
それは見事な日本刀。博物館なんかで飾られている綺麗な刀身とは言えないが、見れば見る程生き物を斬り裂いてきた戦刀である事が伺える。
「危ないなぁ。あ、術とか使って来ないの?やっぱり人間と契約するのってリスクあるんだよね。いざという時に全力を振るえないのは怖いでしょ?」
「言っていろ。俺が苦戦しているように見えるのならば、その花の一杯詰まった脳髄を取り出し念入りに洗濯する事を勧めるぞ」
「恐い恐い。ま、強がるのは悪い事じゃないと思うよ?」
ここは危なすぎる。退避。
取り敢えず今回もやはり自分の生死が烏羽に預けられているのに怖気を感じつつ、遠くへ避難する。角の辺りで顔だけ覗かせて現状何が起きているのか把握している状態だ。
それにしても、他者の異界で《うろ》とはどのくらい弱体化するものなのだろうか。それによってはどうにか外界と連絡を取り、助けを呼ぶ他無い。烏羽と一緒に心中する気など当然微塵も無いのだ。
棍は木製。それを烏羽の喉元目掛けて突き出そうとした常盤はしかし、顔をしかめその行動を唐突にキャンセルした。見れば受ける姿勢で止まっている烏羽の姿が見える。
「う〜ん、やっぱりちょっと金属は・・・。相性悪いよね」
「今更だな。貴様はさぞや斬り心地がいいだろうよ」
「わわわっ!?」
斬り掛かった烏羽の攻撃を紙一重で躱した常盤は盛大に顔をしかめた。完全に避けたと傍観に徹している神無でさえそう思ったが、彼の頬からは止めどなく血が溢れだしている。掠った?いや、目が悪い自分ですら避けたように見えたから、当たってはいないと思うのだが。
刀は愚か、棍の間合いからも外れた常盤は少し悩んだ後、棍を持っていない空いた手を真横に薙いだ。手が、腕が通った後から白い札が出現する。赤い文字が何やら綴られているがまったく読めない。
「あーっと、金は火に弱いから、と」
独り言のような言葉を受けて札が燃え上がる。それは無数の小さな火の玉にしか見えない。野球ボールくらいのサイズだろうか。その火の玉は当然烏羽へと飛来する。
烏羽が嗤った。
それは出会った時に見た笑み以上に邪悪で凶悪な、そうゆうに人を12人は殺してそうな獰猛さだ。
「何だ。俺の壇上で勝負を決めるか。なかなか大胆だな」
――爆発音。
同時に地面から水が噴き出した。いまいち理解出来ないが、まさか水道管を破裂させた?
流れる川の水のような水量にたちまち火は掻き消えた。というか、跡形もなく消し飛んだ。当然である。あの程度の火力ならジョウロの水でも消せる可能性がある。
ハッとして常盤が息を呑んだ。
「くっ・・・忘れてた・・・!でも、僕に水気は――」
「ああ、知っている」
吹き上がった水の一カ所が割れた――否、一カ所だけが水を従えるその人外の為に避けた、が正しいのだろう。水飛沫が舞う。よく出来た舞台のようにキラキラと輝いて、ああなんて現実味の無い光景だろう。
見ているこちらの息さえ止まる。
苦々しい顔をした常盤が棍で防御する姿勢を取るが、それさえ無駄だった。上段から下段へ、まさに流れる水のような動きで振り下ろされた烏羽の刀はその棍ごと常盤の身体を袈裟懸けに斬り裂いた。