第3話

2-7


 ねぇ、と少し憤慨したように《うろ》が口を挟んだ。中性的な顔に精一杯の憤りを浮かべているのは可愛らしいが、彼は人間を瞬殺出来る力を持った人外だ。油断大敵。

「何だかよく分からないけれど、その人間を僕に譲ってくれない?あなたが誰なのか知らないけれど、他の代替品用意するからさ。それは僕に譲ってよ」

 ぎょっとして烏羽を見上げる。赤い双眸は《うろ》を見据えており、表情から感情は読み取れない。
 基本、《うろ》との契約は『主従契約』に落ち着くが自分と彼の関係は逆転している。相手の力が強すぎる上、神無自身の霊力は《異能者》の中でもかなり低い方に分類されるからだ。つまり、主人の言葉は《うろ》に対する拘束力を一切持たない。
 今ここで烏羽は「分かった譲ろう」と言えばその瞬間に合崎神無の人生は幕を下ろす事だろう。

「ふむ。取り敢えず名乗るとしよう。俺は烏羽・・・まあ、知らないわけではないだろうな?」
「・・・えっ。あ、いや・・・ならその、偉そうな事言って、悪かったよ・・・。あ、僕は常盤。相棒は青朽葉の事さ」

 ああ、と烏羽が鷹揚に頷く。《うろ》――常盤の反応がガラの悪い先輩を前にした最小学年の生徒に見えるがそれにも突っ込まないでおこう。どうやら彼はそっちの業界でも有名人らしい。あり得ない暴君とか言われてるのかも。

「で、貴様の今した提案だが、呑む事は出来ん。ご託はいい、手荒い事をされたくないのならさっさと俺達をここから出す事だな」
「・・・えーっと、呼んでおいてあれなんだけど、そういう事ならさっさと勝手に連れて出て行って欲しかったような・・・」
「貴様如きの異界から俺が尻尾を巻いて逃げ出すと?そう思うのならば、俺と見えた時にさっさと貴様が逃げ出すべきだったな」
「お、横暴・・・!」

 ううん、と少しだけ悩んだ常盤はしかし、首を振って烏羽の横暴な物言いを否定した。

「僕だってそれを呑む事は出来ないよ。貴方は確かに脅威ではあるけれど、ここは僕の異界。それに加えて貴方は人の子というお荷物に契約という枷を嵌められている。今の状況は僕に有利だし、退くにしては有利が勝ち過ぎているかな!そういうわけだから、お覚悟!」
「はっはっは。その意気や良し、というところか。それが思い上がりである事を教えてやるぞ、若造」

 主人は何も言った覚えがないけれど、勝手にバトルロワイヤルが始まろうとしている。その事実に戦慄を隠せない。