第3話

2-3


「――それで、どうしてここに?」

 落ち着いてきたところで当然のように眼前に居座る烏羽へとそう尋ねてみる。家への電話は通じなかったし、彼にはここにいる事を伝えていなかった。
 しかし、神無の問いに対し烏羽はふん、と鷹揚に鼻を鳴らす。

「貴様がまた面倒な事に巻き込まれたのを見ていた」
「・・・最初からずっと?」
「当然だ。良い慌てぶりだったぞ。笑いが止まらん」

 ――うわ性格が悪過ぎる。
 一応助けに来てくれたらしいので口には出さなかったが空気感は伝わったらしい。わざとらしく咳払いする相棒。

「それで?これからどうする」
「話変えたでしょ。・・・まあ、取り敢えずいつもみたいに学校へ行きたいんだけど。こんな所いたってどうしようもないし・・・」
「はぁ?他人の異界にまで頭を突っ込んでおいて、何もせずに帰ると?貴様もっと人生は謳歌した方が良いぞ」
「まあ人生愉しんでそうなあなたに言われると説得力はあるよね。けど、とにかく最近は任務とか何とかで学校休みがちだし、期末テスト近いから授業に出ないと。さ、帰して」

 何を馬鹿な、とこちらが口にしたい台詞を何故か烏羽に言われた。お前が何を馬鹿な事言ってんだ、は神無の言葉である。

「貴様、自分でこの異界へ来たのではないのか?」
「いや別に・・・。むしろ来たくなかったんだけど」
「そういえば確かに、自ら入ったにしては慌てているなとは思っていたが・・・」
「えっ。どう見たって慌ててるってより怯えてたよね?どういう神経してるの・・・」

 そもそも何故自ら進んで異界とやらに入らねばならないのか。あれか、お化け屋敷感覚だと思われているのか。誠に遺憾である。
 何やら思案したらしい烏羽はその首を横に振った。

「自ら入っていないのであれば、異界へ招かれたという事。まあ、稀に他人の異界を勝手に出入り出来る人間もいるが。俺の見立てでは貴様のその気があると思っていた。出ようと思えば自力で出られるのではないか?」
「案外まともな解答で逆に恐怖しか感じない・・・。いやいや、そんな才能は無いよ。『きさらぎ駅』の時も夜宮先生が来なかったら終わってた・・・人生が」
「あの男も謎よな。そも、あの・・・何と言ったかな、あの女」
「須賀さん?」
「ああ。奴は異界を自由に出入りは出来ないだろう。が、あの言霊の男は少し特殊だな。長生きしたければ関わらない方が良い」
「それをあなたに言われても・・・いや、確かに夜宮先生はちょっと、変、かも」

 とにかくだ、と鬱陶しそうに眉間に皺を寄せた烏羽は神無の『帰して欲しい』という願いに対し、完答してみせた。それはもうバッサリと。

「俺は勝手にこの異界へ入ったが、貴様を連れて出るとなると話は別だ。《うろ》の頂点に居座るものとして、他の巣に入り込んだ獲物を無断で持ち出す事は矜持に反する。よって、貴様がここから出たいと言うのであれば異界の所有者に会い、力尽くでも何でもいいから承諾させなければならない」