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ああ、どうすればいいのだろうか。
永遠にこの見慣れた駅までの道をさ迷わなければならないのだろうか。そんなのごめんだし、何より膝が笑っている。恐怖が臨界を越えたらしい。怖い。
「うぅ・・・ん?」
嗚咽を漏らしながら顔を上げると自分以外の人影をようやっと見つけた。その人はこちらをジッと見つめている。黒いスーツを着た、妙齢の男性。オジサマ、とかそんな言葉がピッタリな立ち姿の凛々しい老紳士だ。
限りなく人間っぽい印象。否、人であればこんな完璧な老紳士なんてイギリス辺りに行かなければ巡り会えないだろうに、何故かその人が人間である事を疑えないような。
「あのー・・・」
こうしていても始まらない、と黒スーツの男性に声を掛ける。途端、男は驚いたように一歩後退った。そんな酷い顔はしていないし、人間を辞めた覚えも無いのだが。
「すいません、ここがどこだか知りませんか――」
言いながらもう一歩近付く。男は胡乱げに数歩下がった。いやだから、初対面とは言えこの反応はどうかと思う。
「あの、本当に困ってて、私――ヒッ!?」
今にも逃げ出してしまいそうな第一人影を逃すつもりなどなく、もう一歩寄ったところで背後から腕を掴まれた。完全に不意討ちで声を上げる事さえ頭から抜け落ちる。
ぐんっ、ととても乱暴な力で腕を引かれて景色が反転した。ほとんど引き摺られるようにして、駅までの道を外れ角を曲がる。強制的に。
「あばばばばばごごご、ごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!」
何なのか分からないままに取り敢えず謝り倒す。人間、本当に予期せぬ事が起これば自分が何を言っているのかすら理解出来なくなるものだ。
掴まれていた腕はもう解放されたが、とにかくどんな異形が自分を連れ去ったのか理解したくなくて目を固く瞑り、呪文のように「どこか行って下さい」を繰り返す。その際、地震に見舞われた時のように頭を防御する事も忘れない。
「ぎゃあああああ、マジ無理もう無理誰か・・・」
「おい・・・おい・・・いい加減にしろよ、それがわざわざ来てやった俺に対する態度か」
「あばばばばばば」
頭上から声が聞こえるが何を言っているのか処理出来ない。
――と、伸びて来た腕が襟首を掴んだ。そのまま垂直に持ち上げられる。首が絞まってカエルが潰れたような声が漏れた。
「ええい、面倒な奴め!正気に、戻れ!」
「首が絞まるぅぅぅぅ!?」
咄嗟に目を開けてみれば襟首を掴み、揺さ振る烏羽の姿があった。顔にはありありと不機嫌だと描かれており、別の意味で人生の終焉を悟りそうな勢いがある。
「お、降ろして・・・死ぬ・・・!」
「む、そうか。ところでこの俺が誰だか分かるな?」
「いいから降ろして・・・!!」
随分と久しぶりに地面との邂逅を果たした気分になった。