第2話

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「おい」

 風呂から上がり、パジャマで首にタオルを掛けるという実に典型的な風呂上がりスタイル。そんな自分を呼び止めたのは烏羽だった。風呂に入る前は眠っていたようだが、今はしっかり起きてその顔に意地の悪そうな笑みを浮かべている。
 ああ、嫌な時に捕まった。心中でそんな言葉を押し殺し、冷蔵庫から水を取り出しながら何か用かと尋ねる。
 足が震えている気がするが、気のせいであって欲しい。こんな不自然極まりない対話をするくらいなら、機密は機密のまま扱って欲しかった。

「小娘、何故俺に助けを請わなかった?」

 ソファの背もたれに首を乗せ、生首のような状態の相棒に問われる。姿勢そのものは真剣な話をするそれではないが、合わせた目がちっとも笑っていない事に気付いて案外本気なのだと知る。
 水を飲んでも飲んでも渇く喉。早々に潤す事を諦め、静かに冷蔵庫へしまった。赤い双眸は逸らされること無く合崎神無を見ている――観察している。

「だって、あなたが飽きたとか何だとか言い出すから・・・」
「・・・?そんなことを言ったか?」

 ああお腹減ったな、それくらいのノリだったのだろう。
 しかし死刑宣告を突き付けられている身にもなってもらいたい。飽きた、だなんてボロ雑巾のように捨てられる前触れだとしか思えない。
 無理矢理笑みを作る。
 彼に怯えは逆効果だ。つけ上がらせ、さらには「ツマラナイ人間だ」と一蹴される。怯えて可愛いのは小さな女の子だけであり、それは女子高生に当て嵌まらない。
 震える足をひた隠し、赤い瞳を見返す。そう、自分の発する一言一句には自身の生死が懸かっている。

「どう・・・?悪趣味なあなたの事だから、私が困っているのを観察するのは楽しかったでしょ?」

 ピタリ、と止まったのは時間か或いは呼吸か。
 止まった時間を動かしたのは烏羽の方だった。
 いきなり俯いたかと思えば肩を震わせ始め、気でも可笑しくなったかそれとも怒りのあまり身体の震えが抑えられないのか、と心配し始めた次の瞬間に彼は大口を開けて笑い始めた。
 それは大層な大笑い――否、これは爆笑だ。ツボに入ったかのように、壊れた人形のように笑い続ける烏羽は控え目に言ってもかなり不気味だった。

「アッハッハッハッハ、いや、まさ・・・フフッ、まさかその・・・子鹿のようなナリで!うっくっくっく、噛み付いて来るとは思わなかったぞ・・・ククッ・・・あれだ、今何時だと思っている貴様、あまり笑わせるな」

 震えているのは見抜かれていたらしい。未だに笑い続ける烏羽に不気味を通り越して恐怖すら覚え、首に掛けていたタオルを洗濯機に投げ入れると自室へ飛び込んですぐドアを閉めた。
 そのまま電気を消し、ベッドへダイブ。毛布を頭まで被る。
 人外の笑いのツボも沸点も人間には理解し難い。今日分かった事はそれだけである。