3-6
「禄でもない・・・」
天乃の呟きはやはり目の前の《うろ》によって掬い上げられた。余程待ち時間が暇らしい。こちらは命懸けなので暇も何も無いのだが。
「現界している《うろ》なんて皆精々その程度の考えだよ。一部、例外というか僕の考えが及ばない連中もいるが・・・」
「失礼な!黄丹くんは出稼ぎだって言ってたよ!」
「いや僕に言われたって知らないよ。出稼ぎ、って・・・どうしてそんな面倒な事を・・・」
困惑した表情の青朽葉だったが、その意を理解するより僅かに早く、ピシリと硝子に亀裂が入ったような音がした。同時に近くからガタン、という慌ただしい音がしたが、そちらは何故か立ち上がった青朽葉の足下に転がっている椅子が元凶だろう。
「何・・・?何か、入って来たな・・・」
呟いた《うろ》が唐突にこちらを向く。爛々と輝く双眸は獲物を見つけた獣のそれに似ているが、内包している感情は焦りと怒りの2つに尽きる。
先程まで気品のようなものさえ漂わせていた《うろ》の化けの皮。それはいともあっさり剥がれた。
「おい!お前達、外に連絡手段を持っていたな!?」
「え?いや・・・ここまで盛大にやらかせば誰か気付くと思うけど・・・。だってここ、学校だよ?」
思わず素でそう言いきる天乃。
彼の発する激情が嘘でなければ、たぶん救援が来た。間に合った。
僅かに外が明るくなる。見れば、卵の殻を剥いでいるように、暗い何かに覆われていたそれが割れていた。蒼い空が覗いている。カツカツ、ヒールの音に安堵したのなんて恐らくは初めてだ。
「華天さん!」
天乃の上げた声により、足音の主が明確な目的地を察したのか、更に音が近くなった。舌打ちした青朽葉が何やらブツブツ呟いたがおよそ人が扱う言葉ではなかったので何を言ったのかは分からなかった。
ガラッ、と戸が開く音がした。
「無事か?・・・ああ、無事みたいだな」
久しぶりに聞いた須賀華天の声は最初に聞いた時のそれと何ら変わり無かった。ただし、戸を開けたのは彼女ではない。
「目標を発見しました。間違い無く我等の同胞です。如何致しましょう?」
「どうやら私達の顔見知りではないようです。ので、この後の処理は貴女にお任せします」
無表情。機械のような精密さを思わせる女性とこちらは何故かスーツを着た男性。彼等の背後に須賀華天がいた。発言からして恐らくは《うろ》。
「犠牲者は1名・・・泰虎か。まずは彼女達の救出活動が先だ」
「了解致しました」
頷いた女の方の《うろ》が真っ直ぐに青朽葉へ向かって行く。え、助けてくれるんじゃなかったのか。そう思っているうちに華天が立っているドアの反対側のドアが開いた。顔を覗かせているのは夜宮言だ。
「こちらへ。いやぁ、まさか私だけ学校の外へ弾き出されたのは完全に想定外でした!さ、逃げましょう。非力な私達が巻き込まれれば怪我では済みませんよ!」
素手で青朽葉に掴み掛かる女を尻目に、もう何でもいいから安全圏へ避難したかったので言に従う。何となく事態が収束したのを察知し、知らず全身の力が抜けたのを感じた。