第2話

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 こちらを見ていた元凶の《うろ》。その視線が淡藤へ移される。

「おや、ここにもいたのかい?人に付き従っている連中が多いね、この場所。まさか同胞にまた会うとは」
「・・・黄丹・・・?」
「ああ、彼、黄丹っていうのか。こちらは名乗ったのだけれどね、返事が無かったから殺してしまったよ。ああでも、あの時の僕はまだ不安定で通じていたのかはちょっと判断出来ないけれど」

 という事はあの時――比叡泰虎を放置してきたあの場所に現れたのはこいつだ。
 強者の余裕か生来そういうタチなのか。《うろ》はふと思いついたように手を打った。顔には麗しい笑みを浮かべている。

「名乗ろうか。僕は青朽葉。やっと人間にも僕の言葉が理解出来るようになったかな?」
「どうして、名前なんか・・・」

 天乃の呟きを拾った《うろ》――青朽葉は小首を傾げた。いや、傾げたいのはこちらなのだが。

「最低限の礼儀さ。それに、名乗る名がある事は良いことだ。そう思わないかい?僕達の仲間には名を名乗るどころか、まともに会話出来ない連中も一杯いるわけだしね」
「名前を・・・持たない、子。・・・あれは、同胞・・・じゃない」
「なかなかに厳しいね。まあ、そこは古今東西、意見が分かれるし業が深い問題でもあるから積極的には突かないでおこうか」

 いや、いっそ会話を長引かせて欲しい。時間が掛かれば掛かるだけ自分達の生存率が上がる。天乃の幸運体質があるから大丈夫、とか思っていた数分前の自分を殴りたい。
 主人である天乃の隣に立ち、一応は護る素振りを見せている淡藤だが顔色が芳しくない。はっきり言って顔色が悪い。もう青朽葉と戦うとかそれ以前の問題で、顔には諦念の色が濃く浮かんでいる。
 ――仕方無い。時間稼ぎだ。話し掛けて、どうにか時間を引き延ばそう。

「あの、何で私達の事を捜してたの・・・?」
「うん?ああだって、僕はこういう作業得意だからさっさと顕現出来たのだけれど、連れは少し不器用でね。ずっとちまちま力の無い人間を狩ってるみたいなんだ。時間が幾らあっても足りやしないから、手伝おうかと思って」
「えぇっと、それはつまり?」
「君、なかなかに察しが悪いね。人間ってみんなこうなのかい?だから、霊力を多く含む人間を連れに献上しようって話。君達は丁度良い。2人分あればさすがに原形くらい取れるだろう」

 今ここで八つ裂きにされる心配は無いが、彼の連れとやらが姿を見せれば、即彼等の晩餐に食事として参加させられるのは間違い無い。やはり逃げるべきだろうか。しかしどうやって。

「あ、君はもうどこか行って構わないよ」

 言った青朽葉の視線の先にいるのは淡藤だ。彼女はやや困惑した顔をしている。

「どうせ霊力供給源である君の主人が死ねば強制送還させられるだろうが、僕は同胞を喰らう趣味は無くてね。というか、上司によっては禁忌扱いされるしその辺には変に触れたくないから」
「・・・どこにも、行かない・・・友達だから・・・」
「それは笑えばいいのかい?それとも、阿呆な事を言っていると哀れめばいいのかい?」

 淡藤、と天乃が感激した声を上げている。成る程、こんな健気な子が相棒だったらもう少し人生に希望が持てただろうに。

「それは黄丹さんを殺した人の台詞じゃないんじゃ・・・というか、何の目的でここに?」
「なかなかに図々しく質問してくるね、君。あの人間といた彼――黄丹?だって彼、こっちが逃げるのを見逃す、と言っているのに聞く耳を持たなくてね。頭も空っぽそうだったし、言葉が通じなかったのかな?」

 この暴言である。それどころか、本当に会話に付き合う気なのか、青朽葉は適当な椅子に腰掛けた。優雅に足を組む。どうやら救援を待つ自分達と、連れを待つ彼はどちらも時間を持て余しているらしい。

「目的は単純だよ。向こう側での生活にも飽き飽きしていてね。少し旅行してみようと思ったのさ。とりあえず現界さえ出来ればあとは人間を装って適当に遊べるだろう?」

 人間をその口で喰らっておきながら、同じ口で人間の生活を語る。
 会話は出来るがやはり彼等は人ならざる存在なのだ。