第2話

3-3


 珍しく淡藤に説明を丸投げしていた天乃美琴だったが、沈痛な面持ちでようやっと口を開いた。基本的に笑顔の彼女しか知らないが、自分が与り知らない所で深い闇を抱えていそうな印象さえ受ける。

「あのね、神無ちゃん。確か泰虎くんは『ここへは呼ばない方が良い』って言ったんだよね?」
「え、うん・・・。異界に《うろ》を増やすのは良くないって。あ、黄丹さんが特に嫌がってた気がする」
「泰虎くんは話を誤魔化すのが得意だよ。華天さんと言さんにはすぐバレちゃってあまり効果ないみたいだけど。あたしが何を言いたいかっていうと、泰虎くんが言ってる事は半分合ってて、もう半分は大嘘だって事」

 どういう事なのだろう、それは、つまり。あの切迫した状況で事態が好転する機会があったのなら、それをはね除ける意味はないのではないだろうか。

「口止めされてるんだ、本当は。あのね、神無ちゃん。烏羽っていう《うろ》は初心者が・・・いや、本来人が喚んで使役出来るような《うろ》じゃないんだよ。だってあたし達や泰虎くんを見て?一応はあたし達に従ってくれてるでしょ」
「そう、いえば・・・そうかも」

 自分と烏羽の関係性がイレギュラーである事は薄々感じ取っていた。というか、比叡泰虎と黄丹に出会った時に確信へ変わった。言われるまでもなく、喚び出された《うろ》は人間側の意志に従っているとすぐ分かったからだ。
 ――が、合崎神無と烏羽はどうだろう。自分は烏羽へ命令して仕事をこなしているのではなく、自分が弱くて非力だから力を貸して下さいと懇願しているに他ならない。控え目に言ってお願いをしている、という状態だ。

「《協会》のお墨付きだよ。本当は何度も華天さんが《協会》に契約破棄の要請をしているんだけど、通らなかったから今この状態のままなんだ。契約を破棄する為にはたくさんの準備と人と、後は膨大な霊力が必要だからね」
「えっ・・・と、じゃあ私は上の人達にこのまま過ごせって放置されてる状態なの?え、もしかしなくても凄く危険・・・?」

 うん、と天乃は神妙な顔で頷いた。そうだ、最近では聞き流し始めて何も感じなくなりつつあるが、本気出したら自分など地べたに這いつくばる羽虫と同じだ。飽きたら還る、確か彼はそう言っていたのだから。

「何が危険か、ってあの《うろ》は契約者を殺害して向こう側に還った力業を披露した前科があるからね。何十年も前の話で、当時のお上の人達しか詳細は知らないけど。でも、華天さんに相談したらどういう事件だったのか調べてくれるかもしれないよ」
「ねぇ、ねぇこれって・・・いや、勘違いなら良いんだけど・・・あのさ、私は上から捨て駒扱いされて、る?」

 やはり神妙な顔で彼女は頷いた。
 そうだ。かつての前科――殺害された契約者が何者だったのかは分からないが、恐らくきっと自分より偉大な人物だったに違い無い。それが烏羽の何を損ねたのか知らないが、殺された。
 自分が上の人間だったらこう考える。
 即ち――誰を宛がっても烏羽という《うろ》に殺害されるなら、どんな人間なら奴を使役
出来るのか試してみよう、と。それが替えの利く人間なら尚更。
 自身の不運を呪うしかない。