3-2
再び始まった逃走劇は1つ前のそれと違って完全イージーモードだった。会わない、何にも。元凶はおろか点在していた雑魚にもまったく会わない。生徒にも出会わないのだから余計にメンタルを削る事も無い。いっそここには淡藤を含む3名しか存在しないのではないかと錯覚する程だ。
なので、一つの提案をしてみる。天乃に疲れている様子は見られないが、自分は全力疾走を何度も繰り返しくたくただ。少し休憩を所望したい。
「休憩?あ、じゃあ丁度教室に戻ってきたし中にいる?」
「うん。それに、天乃さん運が良いから。たぶん立ち止まってても何にも遭わない気がする」
「そう、思う・・・私も・・・」
思わぬ淡藤の援護により納得したのか、天乃が教室へ入っていく。それは奇しくもスタート地点である自分のクラスだった。何となく自分の席に腰掛ける。その隣は天乃の席ではないが、彼女は平気で他人の椅子に腰を下ろした。淡藤は周囲を一応警戒してはいるのか立ったままだ。
そう言えば、とふと思い出したように天乃が天井を見上げた。
「烏羽はどうしたの、神無ちゃん?異変には気付いてると思うし、一応は神無ちゃんが主人なんだから何か言ってきそうなもんだけど・・・。あ、圏外か」
スマートフォンを確認した天乃は首を横に振った。淡藤がそれに同意する。
「うん・・・。わざわざ、頼まれてもいないのに・・・あれがこの人を、助けに来るのは・・・考えにくい、と思う」
「電話ならあったよ。比叡くんの意見を尊重して、助けは丁重に断ったけれど」
圏外だよ、とおかしくなった人を見るような目でそう言われた。幻聴ではないし、勿論錯覚でもない。間違い無く家に一人しかいない男の声だった。
そんな神無の弁解を受けて天乃が酷く難しそうな顔をする。まだ信じられないとでも言うのだろうか。そんな彼女の心中を溢したのは彼女の隣に立っていた相棒、淡藤だ。
「ここへ、電話するには・・・2つ以上の、技能が・・・必要」
「え?」
「高度で繊細、そんな技術・・・。異界へ、接続して・・・一時的にだけど、電波を・・・繋げるのは・・・とても、とても、難しい、事・・・」
難しい事だ、そう述べる淡藤の真意は分からない。得体の知れない虚ろな瞳を覗き込む勇気は、自分には無かったからだ。