第2話

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 どのくらい走っただろうか。もう何十分もただ走っていただけのように感じる。
 上がりきった息を確認し、廊下の真ん中で立ち止まった。流れた汗が非常に気持ち悪い。自分にこんな体力があったのは驚きだ。人間必死でやれば案外何でも出来るものである。
 走って来た方向を振り返ってみたが、校舎は沈黙を保つばかりで誰がどこに、何がどこにあるのかも分からない。当然、比叡達の安否も不明な上、天乃の安否も不明だ。が、あの幸運少女がそう簡単に《うろ》の餌食になるとも考え辛いが。
 ブブブ、とポケットに突っ込んでいたスマートフォンが震えた。それを常日頃そうやっている通りに手に取り、画面に目を落とす。
 ――着信だ。ぎょっとして画面右上を見るも、当然圏外である。しかし、家からの電話で間違い無い。釈然としない気分ながらも電話に出てみる。

「もしもし・・・?」
「また面白い事になっているようだな」

 第一声はそれだった。しかしここ数日で聞き慣れた声を聞き違うはずもない。電話の主は烏羽だ。いつの間に電話の仕方を覚えたのかは知らないが、多分に含まれたおかしそうな調子の声は現状にまったくそぐわない。
 黙って言葉の続きを待つ。面白い事にはなっていないし、走り疲れてまともに言葉を返せる状態では無い。

「助けてやろうか小娘。うっくっく、やはり俺がいないとどうしようも出来ないだろ?人とは弱くて脆い生き物だなぁ」

 底意地の悪い言葉。もういっそ、助けて欲しいと懇願してみようか。
 ――が、脳裏に朝の会話が過ぎる。そうだ、彼は飽き性で忍耐は強くない。それに、主人がお願いなどすれば関係が覆ってしまう。それは避けなければ。比叡だって異界に新しく《うろ》を呼ばない方が良いと言っていた。

「あ、結構です。間に合ってます。じゃ!」
「は?いやおい、ちょっと待て――」

 通話終了。
 さて、電話はこちらから掛ける事が出来ない。つまりもう何があっても烏羽を呼ぶ事は出来ないのだ。
 疲れすぎて頭が沸いてきたのかもしれないが、気を取り直して天乃を捜す事に。吹っ切れる、というのは大事だ。