4-5
簡素なドアに手を掛け、開け放つ。
途端、怖気が背筋を襲った。中は荒れ放題ではあるがゾッとするような光景とは言い難い。それでも悪寒は止まらないし、足が震える。吸う息吐く息が薄い。身体が勝手に防衛体勢に入っているようで全身がガチガチだし、不自然な程自らの呼吸音が聞こえて来ない。
「何だ、こんなものが駄目なのか。おい、邪魔だ下がってろ小娘」
「うん・・・え、大丈夫、これ?」
「今の瞬間に言葉が異常に不自由になったな。大丈夫などと誰に聞いている?まさかこの俺に聞いているのか?ん?」
言いながら烏羽は鼻を鳴らし、神無を追い抜いて部屋の中へ中へと入って行った。一拍おいて、今の感覚が『きさらぎ駅』に迷い混んだ時のものと似通っていると気付く。関連性は低そうだが、そういう特有の空気感があるのかもしれない。
――と、取り敢えず入り口付近で立ち止まっていれば烏羽が足を止めた。
背中しか見えないのでどんな表情をしているのかは分からない。が、その後ろ姿が余裕に満ちている事だけは分かった。緩く立つ姿に緊張など無い。
「うわ!?うわうわ、これ怪奇現象だよね!?」
「いや《うろ》だ。貴様ここへ何をしに来たんだ。コイツを処分する為じゃないのか?」
黒い影のようなものが床から湧き出る。何か地面に落ちていたものを眺めていた烏羽だったが、ゆるゆると首を動かしてそちらを見た。日本史の偉人の絵で見たような刀を差した腰。腕は刺した刀の柄に緩く乗せられている。いいから闘ってくれないか。
ザザザッ、と深夜の砂嵐みたいな音が響く。と言っても直接脳に流し込まれたような不思議な感覚でだんだん頭がぼんやりしてくるような――
「小娘・・・貴様、雑魚の極みだな。見るな聞くな。こんな所で倒れてみろ、そのまま置いて行くぞ」
辛辣な烏羽の言葉で我に返る。しかし、もう彼はこちらなど見てなかった。
気怠げな動きで刀の柄に手を掛ける。
事の始まりから終わりまで。それは本当の意味で一瞬だった。
柄に手を掛けたその状態の烏羽が短く息を吐く。瞬間、しゃりん、という音と風を切る鋭い音。赤い何かがブレて見えたかと思えば再びしゃりん、という軽い音がして瞬きの後に烏羽は構えを説いていた。
――成る程何が起きたか分からん。
目を何度か瞬きさせて惨状後の光景を見つめる。黒い影のようなものは跡形もなく消えていた。
「何を阿呆面している。行くぞ、用事はこれで終いだろ」
「・・・え?終わった?ホントに?」
「貴様動体視力も屑以下か。見れば分かるだろう。終わった終わった。本当に手の掛かる小娘だな」
言いながら踵を返す、隣を通り抜けて行く相棒の背に言葉を投げ掛ける。
「えっ、凄い何今の!時代劇の殺陣みたいだった!いや多分それより速かった!もう一回やって、もう一回!」
「貴様が的になるのか?というか、時代劇だと?あの作り物と一緒くたにするな!」
「とてつもなく不安で五臓六腑吐き出しそうだったけど、本当に強かったんだね。次もよろしく」
ふん、と鼻を鳴らした烏羽が首だけ回してこちらを見る。その顔にはニヤニヤと気持ちの悪い笑みが浮かんでいた。
「はっはっは、もっと誉めていいぞ小娘」
――あ、こいつチョロい。
ご満悦の相棒を見て彼の行く末が少しばかり不安になった。もうこいつに頼っていれば自分は安全なのではないだろうか。