第1話

3-6


『【異界に迷い混んだ際の注意事項】
・異界にはそれぞれのルールがある。出来うる限りそれに則った行動をする事
・出来うる限り《うろ》の力に頼らず自力で抜け出す事
・誰かとの連絡を決して絶たない事。それは元の世界へ繋がっている
・異界での会話はしない事
・食べ物は絶対に口にしてはならない』

 3枚目の全文はこれのみだった。もう1枚のプリントにまとめてしまえば良かったのではないだろうか。

「こっちの紙は持ってていいよ。というか、肌身離さず持ってた方が良いかもね」
「これを守っていれば安全なの?」
「ううん。迷い混まないのが大前提だし・・・まあ、帰って来なかった協会メンバーもこれだけは守ってただろうし、ね・・・」

 あとね、と天乃が1つ目の項目を指さす。

「この一番上。異界にはそれぞれルールがある、ってやつ。これにそぐわないと残りのルール守ってもあまり意味無いかな。つまりこのプリントってあまり役に立たないって事なんだけどね」
「連絡って何の事?」
「ケータイとか。元の世界との繋がりが無くなると帰って来れなくなる、っぽい・・・?」

 不安だ。神無自身は自覚症状が無かったとはいえ、一度『異界』とやらに迷い混んでいる。あの時は何故か夜宮言が助けに来てくれたが、次もそうだとは限らない。

「ま、起こるかも分からない事を心配したって仕方無いって!よし、今日はもう遅いしお開きにしようか!何かあったら遠慮なくうちに来てね!」
「はぁ・・・」
「たぶん、神無ちゃんの相棒くんも待ってると思うし」

 待ってなくていい、切実にそう思う。
 もういっそどこか出掛けていればいいのに。小さな溜息を吐きながら先程貰った自室の鍵を見る。

「ありがとう、じゃあ帰るよ」
「はいはーい、また明日ね!」

 軽く別れの挨拶をし、靴を履いて外へ出る。といっても自室は天乃の部屋の隣らしいので距離はほとんどゼロに近かった。
 鍵を捻り、無言で帰宅。玄関の電気は点いていたし、その先に続くドアの向こう――リビングも煌々と明かりが輝いていた。微かに人の話し声が聞こえる。テレビでもつけているのだろうか。
 やはり無言でリビングのドアを開ける。「ただいま」、と声を掛けた方がいいのか戸惑ったがほぼ赤の他人なので止めた。
 はたして、備え付けのソファを占領していた烏羽の頭が動き、こちらを見る。ニヤニヤと薄気味の悪い笑みを浮かべていた彼の手には黒いテレビのリモコンが握られていた。何を教えるでもなくこちら側に順応しつつあるらしい。

「遅かったな」
「はぁ・・・」
「貴様の部屋はそっちの隅だ。俺のテリトリーには入ってくれるなよ、小娘」
「・・・どこがあなたの部屋なの?」
「貴様の部屋以外全て」

 ――おかしいな、部屋に火星人でもいただろうか。
 頭が沸いているとしか思えない矛盾めいた発言に盛大な溜息を吐き掛けて、それを呑み込む。自分の部屋だと指定された小部屋はどう足掻いても烏羽の『部屋』を通らなければ到達出来ないのだが。

「オイ、何か食い物は無いのか?」
「自分で食べればいいのに・・・」
「ん?よく聞こえん。何だって?」

 冷蔵庫を空ける。生活用品が一式揃っていたので何かあるかと思ったが予想に反してその中身は空っぽだった。つまり、烏羽は愚か自分が食べる物すら無い。明日からの生活が心底憂鬱である。