2.

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 天乃美琴、夜宮言に連れられ再びロビーへ戻る。粛々と会話一つなく向かったはずなのだが、須賀華天から距離を取った途端、天乃が口を開く。

「もう!何で私の事忘れてるの!?」
「・・・交流が無いからでは」
「そうだけども!そうなんだけども!!」

 第一声は神無の記憶能力に対する苦情だった。忘れるも何も、クラスの人間なんて半分程度しかフルネームで覚えていない。というか、名前と顔が一致しない。仲良くしている周囲の人間だけしか名前が分からない。
 ――まあ、恐らく彼女には理解出来ない事象なのだろうが。
 学校という施設には目に見えない厳正なるカースト制度が存在する。それは非常に強固且つ陰湿なもので、自分がピラミッドのどの位置に属しているのか。それを正しく理解する事は即ち学校生活を如何に滞りなく終わらせられるかに繋がるのだ。
 IQが200違うと同じ人類でも会話にならないのと同じ。ピラミッドの頂点にいる人間が、ピラミッドの底にいる人間と会話にならないのもまた道理である。

「でも私は神無ちゃんの事知ってるよ!?」
「それは私が君に教えた事ですからね。忘れてもらっては困ります」

 にこやかな笑みと共にやや皮肉っぽく呟く夜宮。どうやら、合崎神無という人物の基本知識は夜宮言に提供されていたようだ。

「――それで、本題は?あの、いい加減家に帰らないといけないんですけど」
「ああ、すいませんね。では取り敢えずこの書類を持って帰ってください」
「課題ですか、先生」
「いいえ。重要な――生死を左右する、重要な紙切れですよ。読む読まないは君の勝手ですが」

 A4サイズ。封筒と共に薄い書類を貰う。勿論それ以上の説明は無い。

「私が説明した方がいいのでしょうが、時間が時間です。君の新居にも行かなければ――」
「はい?」
「あ、神無ちゃんは今日からウチの隣の部屋に住むんだよ!大丈夫、ご両親には夜宮先生がそれとな〜く、上手〜に説明したから!」
「えっ、いや何を・・・?」
「神無ちゃんの独り暮らしを」

 ――冗談じゃない。
 喉元までそんな言葉が出掛かった。まだ高校生だぞ。遠くの学校を受験したわけでもあるまいし、何故に独り暮らしをしなければならないのか。甚だ疑問である。

「華天さんが言った通り、特殊な能力を持った人間は《うろ》に襲われやすいのです。となると、君は今や家族内に投入された癌細胞のようなもの。他に被害が広がらないように隔離するのが当然の処置と言えるでしょうね!家族共々皆殺し、なんて事にならない為にも!」
「それ、私はいつ家に帰られるんですか・・・?」
「あ、たまに里帰りするくらいなら許可が下りますよ」

 それは半永久的に実家へ帰る事が赦されない、という事だろうか。
 先の見えない不安にくらり、と眩暈がした。