1.

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 巻き上がっている。床に書かれた文字が。
 その信じられない光景に口をパクパクと動かす。何か言いたかったわけではなく、かといって黙っていられたわけでもない。そんなジレンマによって。
 目に細かいゴミが入って目蓋を閉じる。とてもじゃないが目を開けていられない。
 いつまでそうしていただろうか。とんとん、と肩を叩かれてハッと顔を上げる。少し離れた所に立っていたはずの須賀華天が隣に立っていた。彼女は少しばかり身を屈めたかと思えば耳元で囁いた。
 曰く――「来たぞ」、と。
 その言葉で反射的に部屋の中央へと視線を動かす。

「――おい」

 ――ヒッ、と引き攣った呼気が漏れた。
 先程までただ床の模様があった場所に人が立っている。男だ。艶やかな長髪に切れ長のやけにギラついた瞳。はっきり言って十人いる子供のうち十人ともが泣いてしまうような強面である。追い打ちのような低い声は神無を黙らせるには十分な迫力があった。
 突如表れた男は苛立ったように静まり返った空間に言葉を投げつける。今にも殴り掛かって来そうな雰囲気に卒倒しそうだ。

「おい、俺を喚んだのは誰だと聞いている。貴様等のうちの、どっちが俺を喚んだ」

 そう言いつつ、男の視線の先にいるのは支部長だった。聞きはしたが、彼の中で答えは決まっているらしい。
 険しい顔をした須賀が否、と首を振る。

「お前を喚んだのは私じゃないよ。この子の方だ」
「・・・はぁ?このちんちくりんな小娘がか。本当に貴様が喚んだんだな?」
「そうだ」
「黙っていろ、貴様にはもうものを尋ねてはいない」

 険悪な空気だが、どうやら話の矛先は自分に向けられているらしくぶんぶんと首を縦に振って頷く。ここで嘘を吐こうものならどうなるか分かったものではない。
 ふぅん、と興味深げに鼻を鳴らした男がゆっくりと近付いて来る。気分はライオンに睨まれたウサギ。逃げる事も叶わない憐れな小動物だ。ぐっ、とショーケースに並べられたペットでも眺めるかのような目付きでこちらを一通り観察した男はふん、と何故か鼻を鳴らした。

「何だこの小娘。他人の力を借りる事しか出来ん、本当にただの小娘ではないか。他に取り柄も無いようだしな!」
「はぁ・・・」
「あ?何か言ったか?声が小さくて聞こえん。というか、小さすぎるぞ。視界に入らん」

 何で初対面の相手に身体的な特徴をディスられているのか理解が追い付かない。しかも、身長に至っては女子高生の平均くらいである。特別小さいわけではない。ぶっちゃけ彼の第一印象はこれまでに類を見ないくらいに最悪の一言でしかなかった。

「濃いな。お前の名は何と言うんだ」

 一向に話が進まないからか須賀華天が険しい顔で言い放つ。ふ、と心底意地の悪い笑みを浮かべた男はこう答えた。

「烏羽」

 烏の羽、烏羽。
 随分と希有な名前のような気がしてならないが、《うろ》間では普通なのだろうか。疑問である。
 神無が男の名前に思いを馳せていれば須賀が酷く難しい顔をしてさらに問い掛けていた。

「烏羽・・・?何でお前みたいなのが、こんな所に・・・」
「特に理由は無い。短い旅行にでも出ようかと思っていただけのこと。適当に喚ばれるのを待っていれば存外強い力に惹かれて来たのだが――まさか、こんな年端もいかぬ小娘に喚び出されるとはな。まあ、小旅行するぶんには一向に構わんが」

 なおも険悪な雰囲気で睨み合う須賀と烏羽。ややあって、先に視線を外したのは支部長殿の方だった。盛大な溜息と共に身を翻す。

「――言。儀式は終了した。あの子はもう来ているかい?」