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 よし、と満面の笑みを浮かべた須賀が立ち上がり、こちらへ手を差し伸べて来る。それには捕まらず、自力で立ち上がったが彼女は悪い顔一つせず意気揚々と勝手に話を進めた。

「まずは君の相棒になる《うろ》を喚ばないといけないな。契約適性は抜けている方だが、それ以外の才能は皆無だからね。格好の標的だよ、今の君は」
「待って、あの、私を家に――」
「場所を移動しようか。専用の部屋でやらないと失敗したら事だ」

 話をまったく聞かない須賀に腕を半ば引っ張られ、ビルの奥へ。後ろから夜宮が着いて来ている。逃げ道が無い。

「大丈夫だ。君のご両親には上手い事話を伝えてあるから。君が気にする事は何一つ無いよ」

 ――何も大丈夫じゃないよ!
 と、心中で罵声を飛ばすが当然彼女には聞こえていないし、意志を汲んでくれたらしい担任教師には生温い笑みを手向けられてしまった。非常に腹が立つ。


 ***


 結構歩いたような気がする。気がするだけでそうでないのかもしれないが。
 地下3階。こんな高層ビルの下に地下が広がっていた事自体驚きだが、それにしたってこの物々しい部屋は如何なものか。

「さ、遠慮せず入ってくれ」
「・・・あの。帰っていいですか?」

 眼前に広がるのは芸術的な幾何学模様。古典の教科書に出て来そうな、何が書いてあるのかもよく分からない文字の羅列が床にびっしり書き込まれていた。それは赤黒いペンキか何かを使われているらしい。何とも毒々しい色である。
 ふと、腕を掴む力が緩んだ事に気付き、恐る恐る須賀を見上げる。眼鏡の奥の瞳が少しばかり悲しげに細められているのが見えた。

「この部屋はね、《うろ》を最も安全に喚べる術式が編まれた部屋なんだ。絶対に安心だとは限らないけれど」
「いやあの、そんなのどうでもいいんで、帰して下さい」
「それは出来ない」

 再び腕を掴む手に力が込められる。
 一歩、彼女は歩を進めた。引き摺られるように前へ出る。

「さっきも言ったが、君は今、《うろ》にとって格好の標的だ。カモがネギを背負っている状態だと言っても過言ではない。そして君には契約適性しか無い。つまり、君には君を護り、共に歩む強者が必要だ。我々は我々の仲間を護り、導きはするが野良の異能者に対してそうする義理は無いんだよ。つまり君は、上辺だけであっても我々に従うべきだ。長生きをしたいのであれば」

 帰りたい、そんな言葉を思わず呑み込む。そもそも、どうして《うろ》とやらに狙われる前提になっているのかは説明されていない気がしたが、この場面でそれを問う度胸は無かった。