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「気に入ってもらえたかな?私なりに趣向を凝らしてデザインしたのだが」

 高いヒールが床を叩く音、すっと耳に入ってくる女性にしては低い声。ハッとして我に返れば見慣れた夜宮言の姿ともう一人。明るい色をした髪をポニーテールに。ヒールのせいもあるだろうが女性にしては高い背に、赤縁の眼鏡。
 まったく初対面の彼女は夜宮を置き去りに、つかつかと歩いて来ると神無が座っていたソファの正面に腰掛けた。

「今晩は。さて私の紹介は――当然済んでいないんだろうな、言」

 ええ、と唐突に話を振られた国語教師は微笑んだ。ただしそれには含みがあるような、どこか悪戯っぽい棘のあるような笑みである。

「勿論、貴方が他人に自分の紹介をされるのを嫌っているのは重々承知していますよ」
「承知をしてはいるが、如何にこの支部の支部長が変人であるのかは彼女にちゃんと伝わっているようだ。ふん、お前はそういう奴だよ。忘れもしない」
「私に喧嘩を売るのも良いですけど、可愛い教え子の肩身が狭そうなのでそろそろ本題に入ってはどうでしょう。そう!この夜宮言の事など気にせず!」

 支部長を名乗る彼女の指摘で自分の顔が引き攣っている事に気付く。変人の度合いで言えば夜宮言とさして変わり無いだろうが、やはりそこは付き合いの長さだ。不本意ではあるけれども。
 眼鏡の奥の双眸をスッと細めた彼女は愉快そうに唇の端を吊り上げた。自分の周りに居る大人でこんなに悪そうな顔をする人などいないので、自然と身体が縮こまってしまう。

「――取り敢えずは名乗ろうか。君とは長い付き合いになる・・・かもしれないからね。私は須賀華天。この・・・まあ、ビル名は恥ずかしいから敢えて口にしないが・・・このビルの責任者だ。支部長だからね」
「はぁ・・・今晩は」

 その支部長様が一体この一般人――それも女子高生という非力な小娘に何の用なのだろうか。否、薄々は気付いているのだ。さっきの悪夢のような白昼夢が原因なのだろうと。
 ぐっ、と須賀華天が身を乗り出した。顔が近い。互いの息が掛かりそうな程に。
 暫くそうしていた彼女は先程と同様、まったく脈絡無くその顔を離した。やっと人間同士が対話する適切な距離に戻る。

「・・・見ただけでは断定出来ないが」

 その言葉は独り言でもあり、同時にロビーの片隅で待ち惚けしている夜宮へ発した言葉でもあったと思う。その証拠に、腕時計で時間を確認していた教師の顔が須賀の方を向く。

「お前、これ大物なんじゃないのか?何故もっと早く私に報告しなかった。あの怪異に引き摺られて、貴重な人材を失ってしまうところだったじゃないか。冗談じゃ無い」
「おや、そうだったんですか。私に人の能力値を計る力はありませんからね。そんなにも人材に拘るのでしたら、貴方自身がこちらへ赴くべきでしたよ」
「屁理屈を。引き摺ってでも連れて来れば良かったのに」
「教師ですから、一応。何の為に生徒達とコミュニティを築いていると思っているんです?」

 あの、と震える声で口を挟む。そうだ、家に帰らねばならない。備え付けの掛け時計を見ればすでに時間は6時半を過ぎている。高校生なので親も心配してはいないだろうが、それでもこの無駄としか思えない時間を過ごすのは耐えられなかった。明日提出の課題だってあるのだし。
 神無を一瞥した須賀は一つ頷く。こっちは何のことだかさっぱり分からない。

「君には契約適性の・・・恐らく、A以上がある、と、思われる」
「・・・えっと?大学受験の話をしてます?」
「・・・いいや。何と説明しようか。いや、すまないね。君のように本当に何も知らない子に何かを伝えるのがどうも苦手で。これも純粋培養の弊害なのかもしれないな」

 その困っている理由ですら、一般人には理解出来ない。だって何を言っているのかすら理解の範囲外のだから。