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クスクス、と夜宮言は笑う、嗤う。
思わずそちらを見ると彼はもう先程の親切な担任教師の顔は消え、代わりに底の知れない――サーカスの立役者、ピエロだとかそういった類の見ていて不安になってくるような笑みを浮かべていた。反論の言葉を失う。
「ふふふ、人の話を聞くのは良い事です。が、受けた忠告は活かさなければ」
「・・・あ。あの、なんでここに・・・?こっち私の家じゃ――しかも!全然道、渋滞してないじゃないですか!」
降ろせ、とそう言うが身体の安全を護る為のシートベルトは着用されたままだ。つくづく型にはまった人間なのだと嫌になってくる。誘拐紛いの事案が発生していると言うのに、無意識下に刷り込まれた『この人は担任教師だ』、という認識が消えてくれない。
喚いていると唐突に車は右折した。外を見ればこの辺りでも有名な高層ビル。すでに日が暮れているので煌びやかにライトアップされていた。そんな一般人では足を向ける事すら躊躇するビルの駐車場へ慣れた手つきで車を回す夜宮。駐車場の一角に車を駐めた彼は当然、愛車から降りた。続いて神無が座る助手席のドアも開ける。
「さ、着きましたよ。支部長が君の事をお呼びなんです」
「支部長・・・?何の・・・?」
「面倒なので本人から聞いてください。私が説明すると彼女も怒るでしょうし。変な紹介をするなって」
ですが、と何故か寛大さをアピールするような前置き。それと共に教師は自信満々な笑みを浮かべた。
「ここがどういった場所なのか、それは説明致しましょう!」
「どうして急にハイテンションなんですか」
「今からオールナイトだからですよ。睡眠時間が恋しくて仕方ありませんよ、ぶっちゃけ。で、君達一般人は知らないでしょうが――ここ。このビルの正式名称は《異能者連合協会・第4支部》です。本部ではありませんよ、間違え無いように」
――何だその漫画にでも出て来そうな物々しい名前のビルは。
思ったが寸でのところで言葉を呑み込んだ。何故だかは分からないが、下手な事言わない方が良いと脳がそう判断した。
にしてもこのお偉いさんが働いてそうなビルはそんな怪しげな連中の砦だったのか。まったく知らなかった。
「では、少しそのソファとか座りやすそうなのに腰掛けて待っていてください。ああ、くれぐれも逃げ出したりしないように。これ以上『手荒く』扱うと、君も疲れてしまうでしょうから」
「手荒・・・?」
呟きに答えは無かった。
夜宮言を擁護するつもりは毛頭無いが、手荒く扱われた覚えは無かったような気がする。強いて言うならば拒否権無く誘拐紛いの行動を取られたくらいだが、別に殴られたとか腕を千切るような勢いで引かれたとかは無い。
最後にもう一度だけこちらを振り返り、軽く手を振って、夜宮は奥の部屋へ消えて行った。
静寂。
やる事も無いので一先ず場所について把握しておこうと周囲を見回す。静かではあるが外では帰宅ラッシュの車が行き来しており、どこか安心感を覚える。部屋の中はソファがたくさん並べており――これは、ホテルのロビーにも似ているかもしれない。特におかしなものは見当たらないので、余計にそう思う。
ロビーばかり見ていても仕方無いので、さっきの教師の言葉を思い返してみた。
――《異能者連合協会》。異能者、とは何の事だろうか。ありえない桁の計算が出来るとかだろうか。それとも、あり得ない体技を習得しているとか?しかし連合と銘打ってあるのだからこれら全てが手を取り合って協力し、何かをしている?
「何なの、本当・・・」
考えたところで何一つ理解出来ない。ただ一つだけ分かった事があるとすれば、何故か教えてくれたビルの正式名称。あれについては絶対に夜宮の親切心ではなく、嗜虐心によって告げられたのだと。