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 それ以上、国語教師――夜宮言は口を開く事が無かったので失礼は承知で周囲を見回してみた。流れる人並み、入れ替わり立ち替わりやって来る電車。その喧騒は毎日毎日、学校へ行く度に聞いているものでひどく安心させられる。
 ――ああやっと戻って来たのか。
 どこからかは分からない。ただ漠然とそう思った。何て支離滅裂で、矛盾に満ち溢れた思いなのだろう。けれどそれ以外に今の心中を言い表せる言葉は無かった。皆無だろう。

「確認作業は済みましたか?いやぁ、この世界はやはり素晴らしいですね。今なら君も実感出来るはずです!」

 まるで落ち着くのを待っていたかのように思考をまとめたところで夜宮はそう言った。まるで何が起きたのかを知っているかのような口ぶりに怪訝な顔を向ける。こんな、夢物語のような――夢物語であって欲しい一連の事柄を、彼は知っていると言うのだろうか。
 時計を見る。時刻は午後6時半過ぎ。いつも通りの帰宅時刻だ。

「先生、どうしてここにいるんですか・・・?」
「どうであって欲しいですか、君は」
「訊いている事に答えてください」

 担任の教師でもあるのだ。知っている。彼は電車通勤ではなく、自動車での通勤だ。駅のホームにいる事自体がおかしい。いや、何か理由があったのかもしれないがタイミングが出来過ぎている。
 あの白昼夢のような悪夢のような一件。もう今となっては早く忘れ、変な夢を視たのだと思いたいのに、彼の存在が邪魔をする。偶然であって欲しい、何もかも。
 が、夜宮言が寄越したのは質問の答えではなく変な夢を視て震える教え子への提案だった。

「送りますよ、乗りますか?ああ、勿論君の家へ送り届けるだけです。家の場所は家庭訪問で頭に叩き込んでありますから、何も不自然な点はありませんね?どうですか?」
「そんな・・・いいですよ、そんなに遠い距離じゃないですから」
「親御さんへ連絡してもらって構いませんよ。ああでも、割と渋滞していましたから。少し遅くなると伝えて下さいね、誘拐犯と間違われては面倒です」
「あの、いいですって。聞いてました?私の話」

 様子が変だ。まだ夢の続きを視ているのかもしれない。
 そっと後退る。
 夜宮言と言えば1年生から3年生にまで幅広く支持層を持つ大変人気のある教師だ。が、神無自身は彼を少しも『良い』と思った事が無い。だって彼は生徒になど興味が無さそうだ。どこが、とは説明出来ない。ただ言葉の端々、行動の端々からそれを読み取れてしまう。そういう胡散臭さが、彼を嫌煙してしまう理由なのだろう。