第9話

03.


 不気味な沈黙が場を支配したが、バイロンその人はサラサラと何かを書き綴った。曰く――

『出直す』

 との事らしい。そうした方が彼の為だとも思う。現状、明らかにリンレイの件を指摘されて不機嫌なランドルと、さっきからずっと沈黙を守っているコルネリア。両者の様子を鑑みても、これ以上バイロンが居座るのは危険だ。

 するり、と皆の間を縫って消えて行った彼の背を見、ボソッとコルネリアが呟く。

「アイツ、背中から襲い掛かって始末しといた方が良いんじゃない?」
「いや、一応助けて貰ってるし……。時々、心底恐ろしい事を言うよね。コルネリア」

 覗き込んで見た彼女の表情からして、多分本気だと思われる。
 しかし、彼女が強攻策へ出る前に入れ替わりのようにしてフェイロンとイーヴァが戻って来た。イーヴァは若干疲れている様子で、フェイロンはどことなくご機嫌だ。

 そんな意気揚々と帰って来たメンバーなど知らないというか、どうでもいいらしい。ずっと考え込んでいたフリオが何故かこのタイミングで持論を述べる。

「あの魔族共のバックに何者かがいるのは事実だな。賢者などという大御所がついているとは思えないが」
「バイロンとやらの話は終わったのか? どれ、俺にも概要を説明してみせよ。これだけ居たのだ、誰か一人くらい状況を説明出来る者が居るだろう?」

 フリオの呟きをぶった切った有角族のお貴族サマの言葉により、ランドルが口を開く。やや怒りを露わにしていた彼だったが、本来の役割はしっかりとこなしてくれるらしい。淡々とありのままを今加わった二人に説明する。
 話の概要を早々に理解したフェイロンは大仰に頷いてみせた。

「俺はその場に居なかった故、断言は出来ぬが……。あの過激派の魔族共の裏に、リンレイ様がいらっしゃる可能性は低いと見るな。ああ見えて平穏を好む方であるし、何よりカルマを疎うておる。カルマを誘引する、珠希を召喚する意図も不明だ」
「そうでしょうね。それに、珠希さんを手に入れたいのであれば、ギレットに居た時、幾らでも機会はありましたし」

 リンレイ肯定派の意見が強いな、客観的に見て。フェイロンもランドルも、頭の良い喋り方をするので尚更そう聞こえるのかもしれない。やはり、バイロンの言は俄には信じ難かった。
 しかし、そのバイロンの目線に立ってみればどうだろうか。
 彼は決して珠希を誘拐するような真似はしなかったどころか、助けてくれてもいる。彼の意図はどこにあるのだろう。何故、仲間認定してきたのだろう。

 どうしてもリンレイを疑って掛かるバイロンと、その他諸々の関係性が繋がらない。繋がらないのが逆に、真実であるような気さえする。

「――取り敢えず、フェイロンの仕事を終わらせよう。《大いなる虚》に行って、この封具を使う。まずはそこからだと思う」

 静かに話を聞いていたイーヴァが唐突に今後の予定の話を始めた。皆が皆、推測でものを語るので辟易したのかもしれない。
 しかし、なまじ正論だったばかりに彼女の意見に反対する者は居なかった。しかし、ダリルがちょっと待ってくれよ、と手を突き出す。

「結局、フェイロンの仕事って具体的には何するんだったっけ? 今のうちに確認しておいておくれよ。あれから色々あって、記憶が朧気だし」
「ダリル殿、興味の無いことはすぐに忘れる癖をいい加減直した方が良いぞ」
「悪いな、フェイロン」
「俺の仕事は、ここアーティアからアグリアに開通している《大いなる虚》を閉じる事だ。その封具を作成する為に、銀の時計針と魔族の心臓を回収した。ここまでは良いな?」
「おう、ありがとさん」
「それで、出来た道具で《虚》を閉じるのが最終段階だ」

 というか、とフリオが怪訝そうな顔をする。

「有角族の貴方はともかく、他の人間は《虚》に近付けばアグリアの空気に当てられるのでは?」
「それについても対策がある。主が気にするような事ではないよ。ロイとダリル殿は安全圏内で待機だ。あ、あとランドルもか」

 忘れないで下さいよ、と特に気にした風もなくランドルが肩を竦める。何となく、忘れられる事になれているような振る舞いだった。
 じゃあ、とイーヴァが話を締める。さっきからこんな役回りばかりだな。

「今日は休憩。しっかり身体を休めて」