第9話

02.


 とはいえ、話者が筆談なのでそれなりの時間を有す事となった。

『先程の魔族2人だが、《トリフェーン》という組織に所属している』
「んー、聞いた事ないなあ。非公式組織か?」

 ダリルの問いにバイロンは頷いてみせる。何だか危険な香りのする組織だし、平気で未成年を誘拐しようとしているあたり、真っ当な組織ではないのだろう。

『《トリフェーン》はカルマ信仰派の組織で、10年程前に設立された。結構な人数が居るようだが、今回実働していたのは多分あの2人だ』
「幽霊組織員かよ」
『そうではなく、大人数で動けなかったんだろう』

 そう答えたバイロン。面の下の視線は何故かコルネリアへと向けられていた。そういえば、彼女は随分と静かだ。疲れているのだろうか、と顔色を伺ってみたが、そぐわない険しい表情を浮かべている。
 心なしか、困っているようにも見えるがどうだろうか。

「えーっと? 何で大人数で動いちゃ駄目だったんですか?」
『カルマ信仰派が存在するという事は、カルマ否定派も存在するという事だ。冷戦状態で、我々が介入すべき問題では無いので深くは説明しない。何故なら、君と私の目的は両者のどちらにも当て嵌まらないはずだからだ』
「そうなんですか? 私に意思力とか無いですよ、仲間意識持っているところ悪いんですけど」

 何故、彼は執拗に自分を仲間認定してくるのだろうか。二度しか顔を合わせていないし、一度目は完全に不審者扱いしてしまった事は記憶に新しい。仲間になる要素、皆無なのだが。

『話を戻す。カルマ否定派もそうだが、私はここに賢者が絡んでいると予想する』
「何ですって?」

 黙って話に耳を傾けていたランドルが棘のある言葉を吐き出した。思わず息を呑む。いつもいつも意識がはっきりしているのか定かではなかったが、今のシンプルな一言の中には確固たる意思があったと言える。

『彼女の動きは不自然だった。あっさり魔族を自身の領地に侵入させるという不手際、そして何より魔族達の使った有角族をあっさり騙せるような幻術の使用。魔法のエキスパートである賢者・リンレイであればそういった類の魔法を生み出す事など朝飯前だろう』
「リンレイ様がカルマ信仰者であると? 誰よりもそれを疎んでいるはずなのに」
『別の目論見がある。恐らく、タマキをアーティアに召喚したのもまた、彼女だ』

 嫌な沈黙が満ちる。誰か何か言えよ、と言わんばかりの。ややあって、比較的に他人事のフリオがぽつりと訊ねる。

「賢者は意志のある生物の人間を召喚出来るランクを持っているのか?」
『持っている』

 いやそもそも、とダリルが我に返ったように割り込んだ。

「今、召喚されたって言ったか!? 俺達はその結論に行き着いていないのに」
「……あ! ホントだ、ダリルさん冴えてますね」
「いや自分の事だよ!? しっかりしよう、珠希ちゃん!」

 しかし、だとしたらどうなるのだろう。何故、自分はカモミール村の近辺に倒れていたのだろうか。少なくとも、あの場所にリンレイの姿は無かった。

「あのー、バイロンさん? 私、この近辺の林の中に一人で倒れていたんですよ?」
『限り無く成功に近い失敗だった。人間を召喚するのは骨だ。何もかも上手く行くはずがない』
「つまり、私が一人で放り出されちゃった事は予想外だった?」
『私の推論が正しければそうなる』

 ――駄目だ、全然信じられる要素が無い。
 何せ証拠が無いので彼の夢物語である可能性も否定できない。真面目に聞いたのが馬鹿なんじゃないかと思えてくるのだ、不思議な事に。
 それはダリル達も同じだったらしい、顔を見合わせている。

「えーっと、あの、バイロンさん。ちょっと信じ難い話過ぎて、信じられないんですけど」

 失礼とは思ったが、真実をストレートに伝えてみた。自分の言葉に説得力が無いことを最初から知っていたのだろうか。当本人は仕方ないな、と言った風に肩を竦めている。畳み掛けるように、珠希は言葉を紡いだ。

「この小瓶も、よく分からない人には渡せません。何に悪用されるか分かったものじゃないし、私がちゃんと処分しますから」
『処分が可能かはさておき、丁重に扱って貰いたい。君にとってそれはただのゴミなのかもしれないが、私にとっては違う』
「え、持ち主なんですか?」
『いいや』

 要領を得ない。ただ、ここで「大事な物です」、と言わないあたりに真実味を感じ取る事も出来る。