第9話

01.


 イーヴァとフェイロンが早速例のナマモノを持って錬金術に励む中、残った面子はお面の男を取り囲んでいた。誰もが彼の扱いに戸惑い、どう接するべきかを思案している。とはいえ、自分とフリオだけはこの面男と顔を合わせているのだから何か声を掛けるべきなのだろうか。

 珠希は一応フリオを伺った。レギュラー顔してパーティメンバーの中に居座っている彼は仁王立ちして思考に耽っているようだ。
 仕方なく、当たり障りの無い話題から攻めてみる事に。

「えーっと、そういえばランドルさんはどこへ行ったんだろうね」
「んー、そういえば俺は見てないなあ。ここにいないって事は、ヨアヒム達の方と合流してるのかもしれないな」

 そう答えたダリルはやや上の空と言った調子だ。いいから誰か、この見ず知らずの怪しい他人に事情を聞いてくれ。
 そう思っていると、強い気持ちが通じたのだろうか。或いは何も考えていなかったのかもしれない。案の定、ロイがいの一番に訊ねた。

「――で、誰も聞かないから聞くけど、お前誰だよ」

 ロイの問いに、お面の男はメモへと筆を走らせる。スラスラと書かれた綺麗な字には、彼の素性を示す言葉が踊っていた。

『バイロンと言う』
「ふーん。何で筆談なんだよ」

 続く問い掛けにはしかし、何故かフリオが応じる。彼は彼でバイロンと名乗った面男の事を誰よりも知っているらしい。

「あまり人の事情を勝手に話したくは無いが、この状況だ。筆談で説明すると時間が掛かるから、私が説明しよう。いいな、バイロン?」
『助かる』
「彼は見ての通り、混血でね。一体何と混ざった血なのかは知らないが、『声』が武器になる。不用意に言葉を発せないようだから、勘弁してやってくれ」

 成る程、と珠希は手を打った。
 だから彼が叫んだ瞬間、アグレスは膝を突いたのか。というか――

「それって私も巻き込まれてたんじゃ……。まさか、あの何で作動しているのかよく分からない結界の事を信用していたんですか?」
『いや、知らないな。角度を調整した。それが無くとも、君に当たる事は無かったはずだ』
「ホントかよ……」

 非常に怪しいが、今更それを証明する事は出来ない。自分もイーヴァも無事だった、その事実だけを受け止めるとしよう。

「ところでバイロンとかいったか? あんたは結局、俺達に何の用事なんだよ」

 警戒したようにダリルが訊ねた。彼の元々の仕事はイーヴァの護衛だ。彼女に危害を加えるかもしれない存在を野放しにはしておけないのだろう。
 そんな騎士に対し、バイロンは落ち着けと言わんばかりに肩を竦めてみせた。器用に文字を綴る。

『タマキとか言ったか? 彼女が所持している、小瓶を回収しに来た』
「えっ……」

 アールナ達と同じ目的。反射的に身構え、バイロンから慌てて距離を取った。珠希らしからぬ警戒心にか、弾かれたようにダリルもまた大剣の柄に手を掛ける。計らずとも大事になってしまった。
 あまりにも急に警戒の意を見せたからか、慌てたようにやや乱れた字でバイロンが弁解の言葉を書き綴る。

『警戒しないで欲しい。君をどうこうするつもりは無いし、むしろ私達、双方の利になる話だ。君も、このままにしておく訳にはいかないだろう?』
「え? 小瓶をですか?」
『……?』

 ――何だろう、話が噛み合っていない。
 自分よりずっと聡明そうなバイロンはその事実にいち早く気付いたらしい。素早くメモ帳に文字を書く。

『思った以上に何も知らないようなので、情報をまとめようと思うがどうだろうか?』
「是非ともそうしたいけれど……。後で絶対にフェイロンが事の詳細を聞いてくるから、俺みたいな脳筋おじさんにも分かるように説明してくれよ」
「何だかダリルさんの弱気発言、久しぶりに聞きました」

「――僕が理解しましょうか、その話」

 最近、ようやく聞き慣れつつある低く気怠そうな声が耳朶を打つ。驚いて振り返れば、行方不明になっていたランドルがふらりと姿を現していた。しかも一人だ。

「ランドルさん、どこへ行ってたんですか!?」
「貴方方も居る事だし、僕は必要ないかと思って。割当てられた家で、少し仮眠を」
「この緊急時に!? 流石に神経が図太過ぎませんか!」
「すいませんでした。代わりと言っては何ですが、込み入った話ならば僕が代わりに理解しますよ。こう見えて、情報の伝達は得意ですからね。何分、中間管理職ですし」

 面子を見回す。イーヴァにフェイロン、軒並み頭の良い組が居ない中、唯一の希望は外注のフリオしかいなかった。ここはランドルにお願いするしかないな、珠希は召喚師の申し出に深く頷いた。