第8話

17.


 ***

「……あっ」

 家を見て回っていたイーヴァの足が不意に止まった。あまりにも急な出来事だったので、どうかしたのかと訊ねてみる。

「え? どうしたのさ、イーヴァ」
「フェイロンからの避難指示。魔族達を見つけたのかも」
「あ、そうなんだ。私達は邪魔になるし、どこかに隠れていようよ」
「そうだね」

 彼女の視線はぴょこぴょこと覚束無い足取りで無邪気に駆けるルニへと注がれていた。テューネはこの場に居る誰よりも戦闘能力に長けていそうだが、荷物3人を抱えて立ち回る事が出来るような生粋の戦闘民族には見えない。
 そんな珠希の期待を裏切ること無く、テューネはイーヴァの意見に同意した。

「オッケー、どっか隠れようず! まあ、手近な家にでも引き籠もっておけばカンペキっしょ! あたしが責任持って引率しまーす」

 保育士のようにこっちだよー、とルニを誘導し始めるテューネ。彼女のせいで、魔族が襲来しているという緊張感が抜けに抜けている気がしてならない。

「――そういえば、コルネリアはどこ行ったんだろ。ランドルさんも居ないよね」

 不意に思い出した事をぽつりと溢す。カモミール村へ来て早々、ランドルとコルネリアはパッと解散してしまった。コルネリアの場合はただたんに混血人狼2人組とそりが合わなかったのだろうが、ランドル行方不明の詳細は本当に不明だ。
 が、そんな行方知れず2人の内、片方がふらりと姿を現した。
 ――コルネリアだ。

「おう、珠希! フェイロン達が連中を見つけたみたいだから、お前等を保護しに来てやったよ。感謝しろよ」
「コルネリア! そういえば、あの2人組に並々ならない憎しみを抱いてたっぽいけど、もういいの?」

 ん? と自称相棒は首を傾げた。あまりにも無垢に見える動作と、嫌な予感に思考が止まる。

「あたしは同族の気配を追って、ここまで来たんだけど。そしたら珠希ちゃん達がこんな所でプラプラしてっからさ。保護してやろうって訳。え? フェイロン達は?」
「いいや、ここには居ないよ……!!」
「はあ?」

「あら、コルネリア。貴方、まだ甲斐甲斐しく人間の世話を焼いていたの?」

 ぴきっ、と呼ばれた本人の額に青筋が浮く。空恐ろしい光景を間近で見た珠希は、恐怖のあまり一歩後退った。
 ゆぅらり、コルネリアが振り返る。
 そこには誰もが予想した通り、例の2人組が居た。アールナとアグレス。魔族にしては珍しく徒党を組んでいる2人組。

 イーヴァが目に見えて分かる程に顔をしかめた。

「まずいね。私と珠希、あとルニは戦えない。テューネにもあまり期待出来ない。……一応、合図は上げてみるけど」

 間に合わないかも、と呟きつつイーヴァが手の内に展開した術式を空へ向ける。それは赤色の狼煙へと変化し、危険を知らせるには十分な合図になった。

 くすくす、とアールナが嗤う。底意地の悪そうな、残虐性を伴った笑みだ。

「貴方の上げた狼煙にすぐ気がつくと良いわね」
「……ダリルとロイはともかく、あのお貴族サマまでやらかすとは思わなかったわ。お前、そんなに幻術の類とか得意だったっけ?」
「後ろ盾が居るのよ。魔法が得意で、長命な彼女がね」

 誰の事を言っているのだろうか。アールナは獰猛な笑みの代わりに皮肉めいた笑みを浮かべている。その様子からして、魔法が得意な後ろ盾とやらは自分達も知る人物なのかもしれないと漠然とした確信を得る。

「……コルネリア」

 眉根を寄せた男性魔族、アグレスが諭すように敵対者に語り掛けた。

「同族のよしみだ。大人しくそっちの小娘を引き渡すのであれば、見逃してやってもいい。無論、この場に居る全員をだ」

 ふん、とコルネリアが馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「別にあたしは旅行気分でアーティアに居るわけじゃないんだよ。それに、分かっているはずだろ。あたしとお前等の意見は真っ向から対立してる。であればどうするか? 答えは一つ、叩き殺すだけさ!」
「そうか……。別にお前の事情は知らなかったが、まあ、墓穴を掘ったな。お前の悪い癖だ。我々と対立している者、といえば答えはかなり絞られる」

 あ、と言う形に口を開けたコルネリアは一瞬の後、自嘲めいた笑みを漏らした。