16.
そういえば、珠希には「元の世界での肉体が死亡している」云々の真相について訊いていない。ギレットでは忙しかったし、他にやる事があったので気が回らなかったが、一番に訊くべき事だったのではないだろうか。
「――まあ、何にせよ帰れぬと言うのならば面倒くらいは見てやっても良い。どうせ俺はあと云百という時を生きる訳だからな」
「えっ、本当かフェイロン! 俺もお前に寄生して生きようかな」
「ダリル殿は最近、ヒモである事に負い目を感じなくなってきておるのかな?」
などと話をしていると、不意にロイが「お?」と声を上げた。彼の視線の先にはフリオが居る。何か用事だろうか。
「おーい、フリオ! どうかしたのか!」
「いや、そんなに叫ばなくとも聞こえている。……ここはお前達だけか?」
「おう。何? 誰か捜してんの?」
「お前達の仲間に、魔族と召喚師が居たはずだ。どこへ行ったか知らないのか?」
「えー、コルネリアなら珠希と一緒にいるんじゃね? ランドルは俺も知らないな。ダリル、どこ行ったか知ってるか?」
「俺? いや、知らないなあ……」
そうか邪魔したな、とそれだけ言ってくるりと踵を返したフリオの背にフェイロンは訊ねる。
「何の用事なのか伺っても? 場合によっては俺が代用出来るやもしれぬぞ?」
「ああ、有角族だったな。そういえば」
フリオは独り言のようにそう呟くと、自らの頭に巻かれた白い包帯、そして左の足先を指さした。
「見ての通り、負傷している。私も人間ではないから、傷の治りは早い方だがまだ癒えるのには時間が掛かってね。もういっそ、治癒魔法を誰かに使って貰った方が早いと判断した」
「うむうむ、なるほどな」
「役に立つかは知らないが、まあ、人事では無い。出来る限りの手助けはしよう」
「良い心懸けではないか。そういう事であれば、その怪我とやらは俺が診てやろう」
よからぬ事をやらかさないか勘繰っていたが、本当にアホな計画を立てていたフリオその人とは別人のような心の入れ替えっぷりだ。これが一から十まで演技であったのならば舌を巻くようなレベルである。
口の中でぶつぶつと単語を並べ、まずは移動に障害が出そうな足の傷を癒す。そこそこの手応えなので、前まではもっと酷い傷を負っていたのだろう。よくも魔族2人組にトドメを刺されなかったものだ。
「あー、何か用なのか?」
頭上でダリルの困惑したような声が聞こえた。周囲を確認してみると、ヨアヒムが片手を挙げている。どこから出て来たのかは不明だが、人が集まっているのを見て寄って来たのだろうか。
若干苦手な人種で何と声を掛けたものか迷ったが、ロイが先に応じた。
「おーう、どうかしたのか! ヨアヒム!」
「ウィーッス、ロイぴっぴ!」
「ロイぴっぴ……? あ、俺の事か!」
第一声からして既に頭の悪そうな言葉に頭さえ痛くなってくる。だからコイツと話をするのは苦手なのだ。しかし、珠希やロイはそうではないらしい。テューネとも積極的に話をしていたようだ。
「それで、何か用事だったんじゃないのか?」
「おーう、それそれ。用事なんすけど〜、西側にルーニーネキ住んでんじゃん? ほら、あれ、涼しい場所が良いとか言ってさあ」
「いやそれは良い。いいから用件を述べよ!」
話が長くなりそうな気配を察知。慌てて世間話を遮る。無理矢理に話題を変えたが、意に介した様子も無くヨアヒムは良く喋る口を動かし続けた。
「そうそう、それでさぁ。そのルーニーネキが侵入者の気配がするとか言い出したわけよ」
「は!?」
「そんで〜、ガーレイ大先輩と様子見に行ったんだけどさ〜ぁ、2人組? がこっち向かってるっぽ。何かストーカー的なアレに付け狙われてんだったっけ? タマちゃんが言ってたけど」
「いやもっと緊急を要するテンションで言ってくれよ!」
ダリルが叫んだ。彼の意見は尤もである。
しかし、今は事態の収拾を着けるのが先だ。フリオの怪我を途中まで癒し、別の術式を編む。これは離れているコルネリアに魔法で伝言を伝達する為の術式だ。
「方角はどちらだ?」
「ん〜、右?」
「右!?」
不安でしかないが、とにかく非戦闘組が魔族と接触しなければどうとでもなる。心臓の回収を忘れずに、ついでに邪魔な虫も落とす。それだけだ。