第8話

15.


 ***

 珠希とイーヴァが家探しに行っている。あの白熱した様子では一時は帰って来ない事だろう。
 のんびりと適当な家の縁側に腰掛けていたフェイロンはぐぐっと背伸びをした。目の前では毎日飽きもせず繰り返されている、ダリルとロイの手合わせが行われている。見た所、いつもの通りダリルが優勢。とはいえ、もうすでに3戦目なのだが。

「うわっ!」

 一瞬、ほんの一瞬目を逸らしたその瞬間だった。
 弾かれたロイの安物槍が手から離れ、フェイロンの頬を掠めて背後の壁に刺さる。頬が引き攣るのが分かった。主に、今起きた一連の出来事に対し。

「わ! 悪い、フェイロン!」
「ロイよ、主は本当に注意力が散漫よな。もう止めたらどうだ? 今日はそれ以上やっても、ダリル殿には勝てまい」
「何かいつにも増して辛口だ……!」

 たらり、流れて来た血液を手の甲で拭う。ざっくりと切れていた頬の傷が瞬く間に修復された。さっきまでロイが使っていた槍を壁板から引き抜く。

「お、フェイロン、たまには身体を動かすか?」
「……ううむ。そうさな、それもまた一興。何より、ダリル殿の誘いを断る訳にはいかぬか」

 大剣を肩に担いだダリルが僅かに目を見開いた。

「えっ、冗談のつもりだったが、珍しいな」
「俺とて一介の武人。ロイのあまりの下手クソさにもの申したくなるのもまた必然よ。まあ、毎度付き合えと言われれば嫌気が差すだろうが」

 ロイを伸した事で緩んでいたダリルの空気がピンと張り詰める。僅かに唇の端を持ち上げたフェイロンは勝手に拝借したロイの得物を構えた。

「武器使うのかよ、フェイロン」
「主の槍捌きがあまりに下手で見るに堪えぬ。手本を見せてやる故、もう少し頑張れぬか?」
「……悪かったな、下手で!!」

 先程までフェイロンが座っていた縁側に腰を下ろしたロイがボンヤリと模擬戦を眺めている。元気溌剌なお年頃とは言え、流石に連戦で疲れていたようだ。動きがスローリーである。

 視界の端でダリルが緩く得物を構えた事で、ロイの観察を終える。一見するとあまり力の入っていない姿勢のように見えるが、驚く程に隙のない所作だ。
 重量級の武器を携えているダリルが先に動く事は無いだろうと踏み、僅かな親切心でフェイロンは地を蹴った。フェイントを入れつつ、滑るように疾走する。リーチは槍の方が長い。

 そのリーチ内部へ捉える一瞬前、ダリルが動き始めた。意外にも機敏に、穂先を躱すように身体を反転させながらかなり強引に自らの立ち回りに有利な距離へと間合いを変える。
 間合い管理が完璧だ。舌を巻きつつ、ならばその間合いで相手をしてやろうと迫ってきた刃をギリギリで躱す。ロイは相手の行動を先読みするのが若干苦手なので、よく槍の柄でダリルの攻撃を受けているがそれは大きな間違いだ。
 パワーファイター型、ダリルの一撃を棒きれで受けようなど片腹痛い。正解は、多少傷を負っても躱して間合いを詰める、だ。

「んあ!?」

 目論見に気付いたダリルが奇声を上げて、身を屈める。
 ――身を屈める?

「む、主の動きは本当に読みづらいな。何故屈んだ?」

 そう思ったが、屈んでから伸び上がるように振るわれようとした大剣の一閃で意図を読み解く。再び真横に縦の線を躱したフェイロンは、ダリルの喉元に槍を突き出した。

「げ、嘘だろ負けた……」
「うむうむ。これが年の功というやつよ。とはいえ、次やれば俺が負けそうではあるな。主等は常日頃から鍛錬に明け暮れている故、動きはある程度俺でも読める」

 ロイに槍を投げて返す。
 休憩モードに入ったダリルが植えられた木の根元に座りながら、世間話を始めた。もうこれ以上動かないぞ、という意が込められているのは明白だ。

「結局、賢者様が言ってる珠希ちゃんのアレコレはどれだけ信用出来るんだ? 何か、本人が割と元気無さそうだから、フォローした方が良いかと思うんだけど」
「そんなものはイーヴァに任せておけ。リンレイ様の言は……そうさな、俺達の特に根拠の無い仮説よりはずっと信用出来るのではないかな。とはいえ、あの人の考えている事は俺にも分からぬが」

 あまりにも核心に触れた言葉をつらつらと並べていた彼女だが、その正体は千年を生きる有角族。知識量も豊富だし、現状では一番信用に値する情報だとは思っている。それになにより、リンレイが珠希に嘘を吐くメリットは無い。事実を事実として語っただけだろう。