第8話

11.


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 一番最初に立ち寄った村、という意味でカモミール村は記憶に刻み込まれている。人狼騒動に巻き込まれ、アーティアの厳しさを悪い意味でも思い知った場所であり、イーヴァ達に助けられた人間の助け合い精神を思い出す場でもあるのだ。

 ――丁度、ここだったかもしれない。寝転がってみれば分かるだろうが、この場所に、私は倒れていたはずだ。
 何か超常現象が起きた時。時間が解決してくれるのを待つ方法と、異変が起こった場所へ舞い戻るという方法がある。前者は何も起こらぬまま過ぎ去り、後者は存在すら忘れていた方法だ。

「それで、珠希はその場所に立ち呆けている訳ね」
「何か厳しくない? いや、まあ、実際何も起きないけど」

 いきなり立ち止まった珠希に対して疑問を投げ掛けたイーヴァは回答を聞くと得心したように頷いた。有効な方法ですね、と妙に論理的な口調でランドルも同意する。

「というか、最初に試すべき方法だったのでは?」
「私もあの時はかなり焦ってて、それどころじゃなかったんですよ……」

 何も起きない事を確認し、先頭を歩いているフェイロン達と合流する。彼とロイ&ダリル組は足を止めること無く動かしており、一刻も早くカモミール村へ到着するのを由としているようだ。

「おい、誰かこっち見てるけど」

 低い声でコルネリアがそう言い、舌打ちまで漏らす。

「えっ、え!? だ、誰だろ! 例のストーカー魔族2人組かな!?」
「いや違うな。何と言うか、存在が煩いっていうか。おい、前の連中も気付いてるだろ!」

 前を歩いている連中、とは先程の3人だ。フェイロンが片手を挙げてそれに応じる。『誰かに見られている』という情報は知っていたようだ。不安になって周囲を見回す。しかし、気配はおろか視界にすら覗き見している連中が写る事は無かった。
 無力代表の珠希は好かさず現状、最も頼りになりそうなコルネリアへとぴったり寄り添う。赤い魔族は酷く何かを言いたそうな顔をした。

 しかし、次の瞬間、真横でがさっと素早い動物か何かが動くような音が聞こえる。それと同時にコルネリアが身を翻し音がした方へ手を伸ばした。

「うわっ!?」

 小さな悲鳴は珠希のものではない。様子を伺っていたらしい誰かのものだ。
 魔族なだけあって迅速な動きでコルネリアが飛び出して来たその人の身柄を拘束、地面に押さえ着けた。非常に鮮やかな暴力に何が起きたのか、一瞬理解出来なかった。

「いたたたた!? ちょ、マジなんなん!? いきなりボウリョク振るってくるとかマジありえんしー!!」
「……んっ!?」

 既視感。何だか実家へ帰ったかのような謎の安心感に襲われ、珠希は初めてコルネリアが捕らえた人物に視線を落とした。

「……あっ! テューネさん!!」
「何だよ、知り合い?」

 コルネリアの呆れたような声音に急いで肯定する。立ち上がったテューネは、出会った当初の煩い雰囲気のまま捲し立てた。

「マジでビビったわ! タマちゃん驚かしてやろうと思ったら、逆にハンティングされた的な!? あれ、こんな奴いたっけって感じよちょべり!」
「はァ? 珠希、この頭が悪そうなのは何? しかも何か存在が煩い。人狼っぽいけど、不純な血が混ざってる感じもするな」

 ――これってコルネリアやランドルさんに、私が一からテューネさんの話をしなきゃならないのだろうか。
 先を歩いていたフェイロンが隣に並ぶ。

「うむ、やはり貴様だったか」
「うぃーっす! お貴族サマ今日も元気みたいじゃん!」
「……その呼び方は止めろ。もう片方はどこへ行った?」
「ヨアヒムなら村にいるよーん。つか、タマちゃん久しぶりじゃん! え、なになに? ニューカモミール村に用事的な?」
「いや、用事は用事なのだがな。というか、主等、カモミールにまだ住んでいたのか?」
「だってほら、人狼は国が派遣した騎士団? とかいうのにマジで1匹残らず駆逐されちゃってさー。他に住んでる人いないしぃ? あたし等住んでいいか、ってホスト的なお兄さんに聞いたらー、『構いませんが変な騒動は金輪際起こさないで下さい』って言われたんよね」

 もしかしなくても、ホスト的なお兄さんとはハーゲンの事では無いだろうか。無きにしも非ず。

「え、じゃあテューネさん、あの時言ってたみたいにマジで村人第一号って事?」
「そーなんよ。いやあ、快適快適ィ!! あたし等以外にも割と人いるしぃ。人間1に対して、後はほぼ混血の溜まり場っぽくなってるカンジだけど」

 予想外に潰れたばかりの村、カモミールは発展しているようだ。