12.
「おねえさーん……? どこへいったの!」
あ、とテューネが間の抜けた声を上げた。彼女を呼んだであろう、幼い子供の声に反応したのは明白だ。イーヴァが怪訝そうな顔をする。
「女の子?」
「そうなんよ。あたし達みたいに流れの子でさぁ、一緒に住んでんの。ルニちゃーん! 迎えに行くからちょび待ってて〜!!」
「幼い子供を森に放置するのは危ないと思う」
「べっ、別に放置とかしてないし!」
慣れた足取りで茂みを掻き分け、少女を迎えに行ったテューネ。どうすべきかフェイロンの様子を伺うと、彼は何事も無かったかのように村へと進行を始めていた。彼女とその連れを待つ気は無いらしい。
しかし、流石は混血。人よりも強い足腰を持っているのは初めてカモミール村で出会った時から知っていた。
少女を肩車しているテューネがすぐに合流する。少女は心なしか楽しそうに彼女の耳をふさふさと触っていた。
「ただいまー」
「いや、特にお前の事は待ってないけど?」
「コルさんメッチャドライじゃん、乾き切ってるわあ」
魔族の一言を冗談だと捉えたらしい。コルネリアは半眼で物言いたげな顔をしている。一方で、テューネが肩車している少女は首を傾げた。
「テューネお姉さん、このひとたちは?」
「お客さん? たぶん」
「お姉さん、いつもそういうところ、テキトーだよね」
「手厳しい一言!」
いやそれより、と珠希は呟く。
「テューネさん、この子は?」
「あ! ルニちゃんって言うんだけど、何か村の外をウロウロしてたから保護した」
「そうなんですか。何か闇の深そうな事情がありそうですけど、聞かないでおきますね」
「わたしね、ルナールに住んでたんだけど、足が悪くて。せいかつひ? が足りないから、おいだされちゃったの……」
「言わなくていいって! 悲惨だし!!」
悲しすぎる事情に同情を禁じ得ない。間引きの文化が残っている事もそうだが、テューネ達が彼女の面倒を見ている事や、その他諸々、ありとあらゆる事情がもの悲しさを助長させる。
血の結びつきは強い。テューネ達がルニを放り出す可能性は低いかもしれないが、それでも彼女等とルニは圧倒的に血の繋がらない他人でしかないのだ。
「んあ? 何かアレじゃん、ヨアヒム来たっぽくね?」
野生の動物が獲物を見つけた時のように。反応を示したテューネさんは村へ続く一本道を見つめている。そこから、ふらりと意中の人物が姿を現した。
「ウィーッス。何か、知ったニオイしたから出て来てみたぽ」
足早に村を目指していたフェイロンが盛大な溜息を吐き、フリオとロイが片手を上げてヨアヒムに応じる。
そんな彼等の反応など見えていないのか、ヨアヒムは勝手にペラペラと話し始めた。通常運転過ぎる。
「いやあ、最近マジで人多すぎっつーか? アレか? 俺等の村も、割と有名になってきた的な?」
「ええい、良いから道を空けよ! 我々は急いでいる!」
「フェーさんいっつも急いでんじゃん」
「それは俺の事を言っているのか? 頭の悪い呼び方をするな」
フェイロンの努力も虚しく、歩く速度はかなり遅くなってしまい、結果的には1時間で抜けられる道を2時間も掛けて進む事になった。
***
久しぶりに足を運んだカモミール村は概ね、変わったところなど無く最初のままだった。ただ、戦闘の痕跡が痛々しく残ってはいる。人狼を追い出す為にそこそこの無茶をした跡だ。
――が、それを懐かしむ余裕は無い。
「お前も来たのか、カモミールに」
目の前で喋る人物。忘れもしない、自分を誘拐しようとしたロイの親友――フリオだ。何故かテューネ&ヨアヒムより偉そうにしているが、紛れもなくこの間まで仲間内で話題だった人だ。
どうするんだこの状況と、怯えながら事の経緯を見守る。仲間達の反応はかなり薄かった。全体的に年齢が高いので、声を上げて驚くような人材がいないのだ。
そんな中、一番盛大なリアクションを取ってくれそうだったロイはしかし、片手を挙げてフランクにフリオへと話し掛ける。おいおいおい。この間まで血で血を洗う、そんな殺伐とした関係だっただろうが。何を何事も無かったかのように振る舞っているんだ。
「結局、イーヴァの助言に従ったんだな。フリオ!」
「まあ、行く宛も無かったからな。ただ、ここへ住むには片付けなければならない問題が山積みではあるが」
若干疲れたような顔をしたフリオは、テューネを――いや、テューネに肩車されているルニを一瞥したようだった。
不意にテューネが呟く。
「あ、ヨアヒムが呼んでるわ。フリオっち、あたしとルニちゃんは行くけど、お友達なん? あたしがいなくても平気?」
「フリオのお兄さんは、せいかくになんがある、って! ルーニーさんがいってた!」
「何を吹き込むんだあのアホ……。問題無い、用事があるのなら行くと良い」
「りょ〜」
――ええ!? 行かないで、テューネさん!
勿論、心中での叫びは届かなかった。