第8話

10.


 ところで、とイーヴァが速やかに元の本題へ戻って行く。魔法の話は終わりらしい。

「さっきの話の続きだけれど。私は銀なんていう高価な物は持っていない」
「アグリア産で良ければ提供するのだがな。どうだろうか?」

 金、銀。鉱物の事などよく分からないが、この金属達が決して安価ではない事だけは珠希にも分かる。そこはかとなく切り詰めた経費で旅をしている自分達に、銀を購入する余裕など無い事は明白だ。

「またギルドかどこかで資金調達する?」
「そんな暇は無い。心臓は謂わばナマモノ。ギルドで資金を遣り繰りしている間に、ただの腐った肉と化すな」
「フェイロンっていちいち言葉の選び方がエグいよね」

 そうね、と顎に手を当てて何事か思案していたイーヴァが首を振る。

「仕方が無い。元々はフェイロンの持ち込み案件だし、実験投入にはなるけれどアグリアの銀を使ってみる。素材をドブに捨てる事に、なりかねないけれど」
「構わぬ。2個、3個くらいならばすぐに用意出来るぞ。アーティアの貨幣は持ち合わせておらぬが、これでも一応金持ちの部類には入る」
「それはインゴットを個数にして数えているの? それともアグリア独特の数字なの?」
「アグリア産、と前置きしはしたが主の思い浮かべる銀と差して変わりはあるまいよ。ただ、アグリアの土地の大気を吸って成長した鉱物であるがな」

 何だか真剣な話をしているようだ。どことなくお呼びではない空気を感じ取り、次の話題を探すべく周囲を見回す。ランドルとコルネリアは仲良しこよしじゃないので孤立、ダリルとロイは今日も今日とて武器を振り回していた。
 こういう、自由時間になるとそれぞれの個人的な繋がりが見えてくる。皆を平等に扱っているのなどイーヴァくらいで、後は仲の良い相手と固まるのだ。まるで学校の休み時間みたい。

「珠希? 暇なの?」

 フェイロンと熱く議論を交わしていたイーヴァが不意に訊ねた。嘘を言っても仕方無いので素直に頷く。

「うん、今はちょっとやる事が無いかな。魔法の先生達も私への教え疲れでぐったりしてるし」
「相当に難航したと見えるな。俺は居なくて良かった」
「フェイロンはそもそも、人に何かを教えるのは向かなそうだけどね」
「ふん。俺は教える事、それそのものは得意だぞ。ただし無能に物を教えるのは嫌いだがな」
「もしかして私のことdisってる?」
「いいや? おや、もしかして自覚がおありなのかな?」

 煽り合いが始まろうとも物ともせず、錬金術師はいつの間にか巨大な鎌を出現させていた。例の持ち運び魔法とか何とか言っていた奴だろう。攻撃とか出来なくて何ら問題は無いが、こういう便利な魔法が使えると羨ましくなってくる。

 再び錬金術トークに花を咲かせ始めたイーヴァを余所に、疲れ切ってダレているコルネリアに近寄る。珠希の存在に気付いた魔族は気怠そうな視線を向けてきた。

「何?」
「何だっけ、あの、魔族の女の人」
「アールナの事? アイツが何だって?」
「そうそう、その人がさ格好がどうのって話をしていたけど、結局アレはどういう意味だったの?」

 あー、とコルネリアは心底気怠そうな声を上げる。彼女から答えは得られなかったが、代わりにランドルが問いに応じた。

「魔族は他世界へ行く時、その場所にいる主要種の皮を被って出現します」
「はあ……。えっと、つまりは?」
「コルネリアさんも見た目は人間のそれに見えますが、実際はもっとエグい生き物だって事ですよ」
「え? これ着ぐるみなの?」
「そうですね。そう言えば近いかもしれません」

 コルネリアが般若のような形相でランドルを睨み付けた。動じない召喚師は涼しげな顔をしている。
 それを余所に珠希は今得た情報を脳内で反芻した。

「――えー、じゃあコルネリアも人間の皮の下は別の生き物だって事? 例えばどんな?」
「んふふふ。珠希、それセクハラだぞ」
「何それ」
「お前その服を脱げ、っていきなり言われたら嫌だろ」
「皮と服は違うでしょ。まあ、皮を脱げって言われたらドン引きするけどさ」

 皮の下について訊ねるのはマナー違反のようだ。どうしても気になる訳じゃないし、その素顔を見たら見たで態度が変わってしまいそうなので触れないでおくのが吉だろう。

 珠希、とイーヴァに呼ばれて振り返る。錬金釜を囲んでいた彼女とフェイロンは、その手に小さな銀色の物体を持っていた。

「出来た。銀の時計針」
「えっ、マジで!? そんな簡単にできる物なの……? ねえ、ちょっと触ってみていい? 私みたいなクソ雑魚庶民に、銀を触る機会とか無いし」

 この後、好きなだけわちゃわちゃと雑談を繰り広げ、10時には就寝。翌朝6時には起床という健康そうな生活リズムを維持したまま目的地であるカモミール村へ出発した。