第8話

09.


 濃すぎる会話でげんなりしていると、ドアがノックされた。思わず返事をしようとするとハーゲンから制される。そのまま彼は機敏な動作で部屋の外へ出て行った。

「仕事かなあ、ハーゲンさん」
「忙しいのに押しかけちゃってるからなあ。師団って人数が根本的に足りないし」
「そうなんですか、ダリルさん」
「いや、試験が難関過ぎてさ。志願者は多いんだけど、試験を通らない。上の連中は最低基準に合わせた試験してる、っていつも言ってるけどな」

 その辺の匙加減が上手く行かず、万年人手不足らしい。ありがちな話で妙に共感してしまった。
 そんなハーゲンはすぐに戻ってきたようだ。話をしていたのはただの兵士のようで、ハーゲンに頭を下げて廊下を歩き去って行く。

「皆さん、リンレイ様からのご連絡があります」
「聞こうか」
「例の魔族2人はカモミール村に向かった、との事ですよ。魔族の心臓にはアテがあったんですね、何よりです」
「まあ、先程からしている話はその話だがな」
「珠希さんではなく、他の誰かを追っているようです。……伝言は以上ですが、これからどうされますか?」

 無論、とフェイロンが嗤う。

「このままカモミールへ高飛びするだろうな。世話になった、俺達はこれからカモミールへ向かうとしよう」

 ――ええ!? 休憩無し!?
 正気とは思えないフェイロンの言葉に耳を疑う。高度な冗談なんだよな、という意を込めて彼を見るも、全然こっちを見ていなかった。どころか、パーティメンバーに確認する気も毛頭無いようだ。
 各々の様子を伺う。嫌そうな顔をしているのはコルネリアだけで、他は案外乗り気のようだった。個人的には体力の無さそうなランドルとかが異を唱えると思ったのに。

 ***

 ハーゲンに見送られ、ノンストップで次の目的地へ。日が落ちてきた道中では各々好きな事をしいている。今日はここで野営で、眠るまでにはそれなりに時間があるからだ。

「見て、ランドルさん! 出来るようになりました!!」

 ランドルに渡された手の平サイズの小さな術式。それを中心に小さな火の玉が生成されているのを見て、珠希は嬉々とした声を上げた。
 おお、と感動しているのかいないのか分からない無感動なランドルの一言。パチパチと叩く手すら若干の胡散臭さを孕んでいる。

「おめでとうございます。このまま一生、術式の起動方法についてあなたに講釈しなければならないかと危惧していましたよ」
「あたしの死ぬ程の努力があった事、絶対に忘れるなよ。珠希」

 低い声でそう言ったのはコルネリアだ。彼女は意外にも根気強く方法を伝授してくれた上、途中からはランドルより熱心だったと言える。その彼女はと言うと、教え疲れでぐったり目を伏せているが。
 今日は錬金術の打ち合わせをフェイロンとする、と言って申し訳無さそうにしていたイーヴァに成果を発表すべく姿を捜す。出来るようになった事をいち早く伝えたかった。

「ちょっと、イーヴァに出たよって報告してくる!」
「アイツ、口だけで全然手伝わなかったじゃん……。何であたしより活躍した体なんだよ」
「コルネリアさん。人の心とは、理論では推し量れないものなのですよ」
「うっせー!!」

 フェイロンと話込んでいるイーヴァに駆け寄る。彼女等は錬金用の釜を囲んで気難しそうに眉根を寄せていた。ヤバイ、カルト教団にしか見えない。
 一瞬躊躇ったものの、息抜きも必要だろうと勝手に決めて掛かり、声を掛ける。

「イーヴァ! 見て見て! 出来るようになった!!」
「珠希……。ああ、そういえば魔法の練習をしてたね。良かった、出来るようになって。疲れてはいない?」
「いや、全然疲れてない。凄くない? ノーファンタジー世界、日本から来た私にもこんな芸当出来るんだね。まさか夢?」
「機嫌が良いね、珠希」

 ほう、とここで態とらしい感心の声を上げたのはフェイロンだ。目を眇め、手の平辺りに生成されている小さな小さな火の玉を見ている。

「物覚えの悪い主の事だ、もっと時間が掛かると思っていたが。物事を理解する事、それ自体は出来るのだな」
「フィーリングが全て」
「……ハァ」