06.
各々適当に散らばって捜索を開始する。みんな淀みのない動きなのだが、何を探せば良いのかまさか分かっているのだろうか。今更何を探せば良いのか聞くのも難だし、珠希もまた神具を漁り始めた。
とはいえ、ランドルが最初に言った通り、大抵の物は使えなくなっている。原形を留めていない物もあるし、神殿という大仰な名を冠している割りには物が少ないから持ち去られてしまったのかもしれない。
「わあ、小さくて可愛い。某フリマアプリとかで高値が付きそう」
俗っぽい意見を漏らし、それに手を伸ばす。
小さな開き戸のついた珠希自身の頭と同じくらいのサイズの棚だ。本当に小さい。小物入れ程度の大きさしかないだろう。
小さな柄を引いてみたが抵抗がある。鍵が掛かっているようだ。
残念に思っていると不意にフェイロンが話し掛けてきた。とはいえ、彼と自分との間には十数メートルの距離があり、必然的に大声で怒鳴り合うような会話になってしまったが。
「珠希、何かあったか?」
「何もなーい! そっちは何か見つけたの!?」
「いや。何ぞ、興味津々なようだったから声を掛けただけの事よ」
「よく見てたよね、私の事!」
「余計な物を触らぬよう、注意を払っていたと言え」
「あんだと!?」
言った瞬間、小さなノブに掛けていた指に思わぬ力が入ったのか、バキッという音と共に棚の開き戸がオープンした。壊してしまったかもしれない、という焦りが滲みながらそれに視線を移す。フェイロンがなおも何か言っていたようだったが、それどころではなかったので受け流した。
幸い、開き戸の鍵のみが壊れたらしく、棚そのものはきちんと原形を保っていた。鍵を掛ける事は出来なくなっただろうが、戸を閉めるだけなら以前の通り行える。ほっと一息吐きながらようやく棚の中を改めた。
小さな小さな棚。そこにはただ一つ、その棚よりずっと小さい瓶が収まっていた。珠希の手の平に容易に乗せる事が出来る小瓶だ。
コルクで栓を閉めるタイプらしい小瓶だったが、その栓は抜かれ、小瓶の傍らに行儀良く置かれている。
「なに、これ……」
小瓶の中になみなみと入った液体を見て、眉根を寄せた。それは濃紺色、粘性のある液体だ。風も無いはずなのにゆっくりと揺れている、波打っている。リアクションに悩んでいるうちに、それは何故か質量を増し、小瓶から溢れはじめた。
どろっとした液体が音も無く後から後から溢れてくる。匂いは無い。酷く滑らかなそれは何かに――そうだ、イーヴァが使っていた錬金術の素材液とやらに似ている気がする。
「わっ!」
溢れだした液体が台を通り越し、足下に落ちて来た。何だかよく分からないものが靴に付着する前に右足を引く。
――いいや、栓しちゃえ。
混乱した珠希は素早くコルク栓を取ると小瓶の蓋を閉めるべく手を伸ばした。手が、瓶に触れる――
「えっ。……えっ!? いやちょ、えっ、何!?」
前触れも無く、唐突に小瓶が横倒しになった。それだけではない、溢れだす液体の量と勢いが増す。服に付いたら染みになりそう、見当違いの事を考えてその場から飛び退いた視界に、それが移る。
小瓶から漏れ出した液体が寄り集まり、重力に逆らって原形のない、RPGに出て来るスライムのような形を取った。
「ボーッとするな!」
流石にここまで騒げば散らばっていた仲間達も何事かが起きた事に気付いた。コルネリアから襟首を掴まれ、その場からずるずると引き摺られて『何か』から距離を取らされる。
「おい。……これは、何をどうしていて、こうなった?」
険しい顔のフェイロンに詰問するかのように訊ねられ、一瞬だけ思考が止まる。いつもののんびりし過ぎている中身はおじいちゃんの彼からは想像も付かない静かな剣幕があったと言えよう。
案の定、イーヴァもまたフェイロンの態度に目を白黒させ首を傾げている。
「え、えーっと、棚の中にあった瓶から急に溢れてきて、それで……栓をしようと思ったんだけど、無理だった」
「はあ? 要領を得ぬな。しかしまあ、その話は後で改めて聞くとして――これは」
ランドルを含めた自分達人間組はフェイロンが何をカリカリしているのか分からなかったが、皮肉な事に魔族であるコルネリアは事の重大さが分かっているようだった。いつもの不敵な笑みを潜めた彼女は、有角族に対し真実であり答えを突き付ける。現実を見ろよ、と言わんばかりに。
「どう見たって『カルマ』だろ。どうしてこんな所に……小瓶ねぇ……」