第6話

05.


 綺麗に氷付けされたオブジェが出来上がっていた。すでにあの白い虫のような生き物は形を潜め、寒そうに腕を擦るコルネリアとカードを手に持ったランドルしかいない。手をパンパン、と叩くように払った彼は一点を指さした。

「リオナ神殿、もうすぐそこですよ。お疲れ様でした」
「思いの外近かったな。もっと歩かされるかと思った」
「まあ、人間の足で通える場所に無ければ、神殿の意味がありませんからね」

 呑気に世間話を始める魔族と召喚師の言葉で我に返る。あまりにも今起きた出来事に対してノーコメント過ぎて珠希自身が言葉を失っていたのだ。
 それを指摘するより早く、同じく一連の出来事に何も感じなかったらしい心が死んでいるとしか思えないフェイロンが会話に加わる。

「いつ見ても物々しい場所よな」
「え、もう見えてんのかよお前。あたしには砂埃しか見えないわ。どんな視力してんの? 流石、有角族」
「絡んでくるなよ、鬱陶しい」

 ランドルが指さす方向に見えるものは、残念ながらコルネリアと同じで砂煙だけだった。恐らく、今し方彼等がドタバタと騒いだので砂が舞い上がったのだと思われる。ただし、巨大な影のようなものがうっすらと見えるのもまた事実。言われなければ、意識しなければ気付かないだろうが。
 再びランドル先導の元、足を動かす。そこに見えている、とは聞いたものの距離は思った以上にあるようだ。

「珠希、俺等は外で待ってるぜ。ここ広いし、ダリルと手合わせしてくる」
「ロイくんいつもそれだね。まあ、興味が無いなら外で遊んでて良いと思う」
「おう! お前のそういう雑なところ、嫌いじゃないぞ!」
「雑って……」

 ロイとダリルは神殿探索には不参加のようだ。ただし、意気揚々と手合わせを申し込む彼に対し、ダリルは心配そうな顔でイーヴァと珠希を一瞥したが。その意を汲んだのか、イーヴァが首を縦に振る。

「私達は大丈夫。でも、何かあった時は呼ぶかもしれない」
「ああ、うん。怪我とかする前に呼んでくれよ。あ、術者が2人も増えたから多少の怪我なら大丈夫かな」
「大丈夫じゃない。私も珠希も、怪我に耐性が無いからダリルと同じ目線で語られても……困る」

 全くである。ダリルは気の利く男性だが、時折ブッ飛んだ戦闘民族思考を振りかざしてくるのは一体何なのだろうか。騎士団時代の名残? とはいえ、『何か』あった時一番頼りになるのは彼なのだが。年の功、上手い事助けてくれるのはいつだって人を守る事に長けた人間だ。

 そうこうしている内に、気付けばリオナ神殿は目前に迫っていた。建物の全容が明らかになる。
 所々風化し、傾いている石の建造物。長い年月を掛けて自然に侵食された事が伺えるそれは、神々しくもあり、どこか無常観を漂わせる何かがあった。自然と人工物が融合した美。何故か物々しく感じるのは、それが神を奉る場であったからかもしれない。

「じゃ、俺等は外にいるぞ! 何かあったら呼べよ!」
「何かあった時には遅いんじゃ……。崩れそうだし、やっぱり俺も着いていこうか? ロイ、後で付き合ってやるから今は我慢してくれよ」

 ――建物が崩れたとして、ダリルさんがいたからと言って私達が助かるかと言えばそうじゃないと思うんだけど。
 そう思いはしたが、ダリルが「自分さえいれば建物の倒壊も大丈夫!」、と言わんばかりの顔をしていたのできっと、多分、大丈夫なのだろう。彼こそ人間を辞めているかもしれない。
 よいよい、とフェイロンがしっしと犬猫でも追い払うように手を動かした。

「俺が――まあ、認めたくは無いがコルネリアもいる。荒廃してはいるが、元は神殿であるからな。用の無い者は立ち入るべきではないだろうよ」
「あたし等の用、つっても物見遊山だけどな」
「黙っていろ魔族」

 いがみ合いの始まりそうな気配が一瞬だけ漂ったが、ダリルが肩を竦めて「分かったよ」、と言った為に運良くそれは中断された。

「じゃあ、本当に何かあったら呼んでくれよ。念を押すようだけど」
「うむ。では、行って来る。とはいえ、砂漠内部だからな。チンピラ程度が襲って来ようが者の数にはならぬし、自然界の魔物は人工物を嫌う傾向にある。大事にはならんだろうよ」

 上位召喚師、と言うだけあって淀みのない足取りで先頭を歩くランドルに着いていく。彼は、以前もここに来た事があるのだろうか。この場がどういう構造になっているのかを熟知しているかのようだ。
 やがて、辿り着いたのは長椅子がずらりと並んだ大きな部屋だった。天井は遥か頭上、何かゴチャゴチャしたものが正面にずらり置かれている。

「祈りの間です。何か、貴方の手掛かりがあるとするのならば道具が揃えてあるこの場所でしょうね。とはいえ、経年劣化のせいで使い物にはならない物ばかりですが」

 言いながらランドルがちら、と祈りの為に揃えられた道具達を一瞥する。成る程確かに砂埃を被り、酷く脆くなっているそれらをリサイクルして使用するのは不可能そうだ。