04.
トラブルが起きたのは砂漠に入って30分程経った時だった。砂漠、とは言ってもそう規模は大きくないらしく例の「カルマ」とやらがここへ降り立った為に不毛の地と化してしまったらしい。それでも、端から端まで歩くのに3時間。それだけの土地を砂漠化させるなんて、珠希にとってみれば大規模な事件としか考えられなかった。
そして、そんな不毛の地に棲み着いた連中がいる。
カサカサに乾燥した体表、時折覗く細長いチロチロとした舌、平べったい四つ足の爬虫類。トカゲの特徴を一から十まで兼ね備えているそれはしかし、身体のサイズだけがトカゲのそれから大きく逸脱していた。
とにかく大きい。後ろ足で立ち上がれば大柄な男性より身長があると思われる。しかも、右から数えてみたら5匹もいた。圧巻の光景だ。
「うわっ! あんなのに張り手されたら私、即死する!」
「張り手をするような魔物なの? あれは」
即死する、と怯えつつも心中は意外に冷静だった。というか、散々ドラゴンだの何だのと対峙しておいて今更トカゲに驚き怯えるのもどうかと思う。帰宅したい気持ちとは裏腹に、世界に順応しつつある自分の価値観。時間とは人の思想をもねじ曲げる万物の理である。
面倒臭そうに眉根を寄せたフェイロンが肩を竦めた。最近、彼の事が読めるようになってきたがこのポーズを見せた時は気乗りしていない時だ。誰かがこの魔物の相手をする、と一言でも言えば任せ切る姿勢である。
「相手をするのも面倒だな。しかし、道を空けてくれる気は無いらしい」
「そりゃそうだろ。こんな乾燥地帯にアイツ等の食べ物がゴロゴロ転がってるとは思えないし、来た獲物を逃がす訳ないって!」
「ううむ、ロイよ。では主が奴等の昼食になるか?」
「ならないように頑張らないとな!」
「若さが眩しい……」
危ないよ、と言いながらダリルが目の前に飛び出してきた。彼の基本的な――というか忘れられがちな役割は用心棒、護衛である。流石、騎士団長を務めていただけあって動きに躊躇いが無い。
いつもならば、ここで殴る蹴るの原始的な討伐戦が始まるのだが、王都を出てからこっちパーティに術者が2人加わった事によりテンプレートは打ち破られる事となった。
「神殿跡地へ行こうと言い出したのは僕ですからね。たまにはお役に立ちましょう」
「仕方ない、こういう手合いには魔法の方が有効そうだしな」
何故か砂漠で白衣姿のランドルが召喚用のカードを取り出し、コルネリアがその白い手に術式を編み始める。それを見ていたダリルがやや脱力した。
「何かえらいやる気だな、あの人等」
「流石に毎回毎回、観てるだけじゃマズイと思ったんじゃないですか?」
「珠希ちゃん、刺さってるよ。特大のブーメランが」
「わ、私は仕方ないじゃないですか!」
「ええ……。そうかなあ?」
珠希、とイーヴァが目を光らせる。
「ランドルの方、よく見ておくといいよ。あれは召喚術だから」
「あ、でもフリオ戦でも少しだけ見たかも」
「そうなの? まあいいけれど」
そうこうしているうちに、こちらもまた今回は出番が無いと悟ったらしいロイが戻ってきた。余談だが、フリオとの戦闘で折れた槍は粉になってしまったという意味不明な状況らしく、今の彼は市販の量産品を使っている。イーヴァがまた新しい魔法武器を精製してみる、と言っていたがいつになるかは未定のようだ。
ボンヤリとしている間に事態が動いた。形容し難い、ヘビのような全く知らない生き物のような鳴き声を上げた大きなトカゲがあろう事かコルネリアへ飛び掛かる。彼女の赤く塗られた爪がキラキラと日光を受けて不気味に輝いていた。
瞬間、展開された術式が地面を走り砂漠に氷のオブジェという風情がなさ過ぎて逆に現代アートに通じる何かが出来上がった。氷付けにされた砂は恐らく今まで目にした事の無い不思議さを持っていると思う。
続いて、カードを掲げたランドルの正面にいつか見たゲートのようなものが出現。が、かなり小さい。こんな小さな穴を通り抜けられるのは猫くらいの小さい動物ぐらいなものだ。
しかし、ゲートを通って出て来たのは犬や猫より更に小さな生物だった。
珠希自身の手の平より一回り小さい4枚の羽を持った虫。遠目にはどんな構造をしているのかよく見えないが一定の羽ばたきで宙に浮いているそれは白く輝いている。バレエのようにくるりと軽やかな回転を見せつけたその白い虫を中心に冷たい風が頬を撫でた。
鱗粉でも撒き散らすかのように白い輝きが周囲に飛散する。
「いや寒っ! 大丈夫? 大丈夫これ、凍死とかしないよね!?」
「砂漠で凍死かあ。珠希にしか出来ない発想だよな! というか、お前の周辺、多少は温かくない?」
「本当だ。発動しているのかしていないのか分からない、結界モドキのおかげね」
「ロイくんもイーヴァも、私以上に私の不思議を受け入れ過ぎだと思うんだよね。ぶっちゃけ」
巻き込み事故を恐れたのか、盛大なクシャミをしたダリルはしかし、召喚された白い虫と自分達の直線上から一切退かなかった。凄い、輝いてるよダリルさん、と心の中だけで喝采を送る。
そうこうしているうちに、砂漠であり得ない吹雪という光景でランドルの背すら見えなくなった。
が、数秒後にはその視界も張れる。