第6話

03.


「――で、次の目的地の話に戻るけれど」

 と、すでに歩き出しながらイーヴァがぽつりと呟いた。

「行き先が決まっていないの。どこか良い案はある? 魔族の2人組を見つけるにしても、私達から捜したって見つからないと思う」
「リオナ神殿はどうでしょうか?」
「え? どうして?」

 ランドルの提案にイーヴァが首を傾げた。神殿、と銘打たれている以上自分に気を遣っての発言だと思われたが、イーヴァは何故か疑問顔だ。問いに対し、どうしてだかダリルが応じる。

「珠希ちゃんの事を調べる為じゃないか? それに、ここから結構近いし」
「調べるも何も、リオナ神殿は跡地。誰もいないし、あそこにはあまり近付かない方が良いと思う」

 話が全く見えないものの、彼女の意見にフェイロンが同調したような意見を漏らした。

「献身の乙女――あの魔女が通っていた神殿よな。カルマの一件以降、人の手が入らず自然に侵食され、荒廃しきっておるよ。行ったところで何かあるとも思えん」
「だからですよ、フェイロンさん。カルマの神出鬼没、どの世界にも属さないという特性は今の珠希さんによく当て嵌まると思いませんか? 出入りの原理をしれば、接続部の無い異界へ移動する為の足掛かりになるのでは?」
「ううむ、そう言われてみれば……そう、か?」

 フェイロンの意見が傾きかけたところで、コルネリアが顔をしかめる。その雰囲気からして行きたくない、という空気がひしひしと伝わってくるようだ。

「おい、リオナ神殿つったら砂漠に入らなきゃならないだろうが。順路があるにしたって、あんな砂まみれの場所行けるか」
「そうだよ。それに、カルマについて調べるなんて冒涜的だと思う」
「んー、俺も行かない方が良いと思うな。砂漠は遮る物が無いし、そこで魔族に襲われて散り散りになったら困るしなあ」

 反対派が口を揃えてそう言う。そんな中、黙って話に耳を傾けていたロイが訊ねた。

「珠希はどうしたいわけ?」
「えー、こんなに白熱した議論が交わされてる中で事情を知らない私が安易に口を挟むのはちょっと……」
「でも、お前の事を話し合ってんじゃないの?」
「だからこそだよ。本人の意志尊重派が多いんだから、私が言った言葉がそのまま採用されちゃうじゃん……! そういうロイくんはどうなの? 行きたい? 行きたくない?」
「俺もどっちでもいいや。砂漠に入るのにも抵抗ないし、砂漠のど真ん中で襲われてもそう簡単にはくたばらねぇって!」

 しかし、カルマの件について気に掛かるのも事実だ。何度も聞く名前だし、ランドルが言っている事は尤もであるような気もする。こういうの何て言うんだっけ? サブリミナル効果?
 その一点で言えば、自分としてはランドルの意見に寄った物の見方をしていると言えるだろう。イーヴァは冒涜的だの何だのと言っているが、それについて珠希その人は何のことだかよく分かっていない訳だし。

「珠希。主はどう思う? 俺は行こうが行くまいが、どちらでも良いが」

 ――どうしよう。
 見れば、皆の視線が集まっている。何か答えなければ不毛な議論がもう一時続く事になるのは明白だ。

「えーっと、他に行く所が無いのなら行ってみたいかなあ。リオナ神殿? って所に」
「貴方ならそう言うと思っていました。では、次の目的地は神殿、という事で」

 恐る恐るイーヴァの様子を伺ってみるが、彼女は決まった事に対して反論したりはしなかった。しかし、僅かに不安の色を滲ませてはいるが。

 ***

 日付が変わった翌日。
 タイラー領から徒歩2時間程歩いた、砂漠の入り口にて。

「うわあ、凄い。生の砂漠なんて初めて見たかも!」
「へぇ、珠希ちゃんは写真とかでしか砂漠って見た事無かったのか。無いの? 住んでた場所に砂漠って。ああでも、だったら砂漠って何、から始まるか」
「ありますよ。私はテレビでしか観た事無かったけど!」
「テレビ……?」

 公園の砂場を何千倍、何万倍にも広げたような大量の砂。さらさらと流れ、風に遊ばれて散るそれは太陽の光を受けて輝いている。乾燥した空気を吸い込むと、少しだけ喉がひりひりと焼けた。
 それを胡乱げな目で見ながら、イーヴァが注意を促す。

「砂漠には稀少な魔物が多くいるけれど、毒を持っているものが多いから気をつけてね。珠希」
「毒!? でも、少しそういうイメージあるかも。砂漠って」

 そういうイメージがある、などと言いながらも脳裏を過ぎった毒を持つ生物はサソリだけだった。知識の浅さに失笑すら漏れたが、幸いな事にそれを聞いていた仲間はいない。