第6話

02.


 イーヴァの真剣な態度に押されてか、肩を竦めたコルネリアから茶化すような空気が消えた。同時に笑みも消える。
 美人が唐突に笑みを消すと妙な緊迫感が生まれるが、まさに今それが目の前で起こっていると言えるだろう。

「正直な話、あたしはここに一人で来た。仲間はいない。そいつ等とも知り合いかもしれないが、会ってみない事には何とも言えないね。それに魔族は徒党を組むのが苦手なんだよ。何か明確な目的があって連んでんだろ、そいつ等は」
「コルネリアとは関係が無いという事?」
「ああ、そうさ。つっても、魔族って事は同郷出身だろうし全く知らない奴等かって言われると微妙だけどな。魔族に『あの人はそんな事をする人じゃなかった』、は一切通じないぞ。みーんな意見がころころ変わるし、変わった思想へ猪突猛進できる性質を持っているわけだからさ」

 そうか、と何かしら喰って掛かると思われたフェイロンがやけにあっさり納得するような意思を見せた。

「然もありなん。奴から聞き出せる事は無いだろうな。コルネリアが例の魔族2人と共通の目的を持って行動しているのであれば、今までいくらでも珠希を攫う隙はあった。そもそも、フリオに手を貸すのも一興であったはず。主は主で何か目論見があるのであろうが、依頼人とは無関係であろうよ」
「ふぅん。俺にはよく分かんないけど、次はその依頼人を捜すって事で良いのか?」
「何ぞ、随分とやる気よな、ロイ」
「そりゃな。何でフリオにそんな依頼したのか知りたいだろ。洗脳疑惑上がってるし。追い詰めてどういう事なのか聞き出さねぇと!」
「そうか……。そういう見方をすれば、確かに主も無関係ではないか」

 色々な言葉が飛び交う中、どうすべきか考える。
 誘拐犯――の、主犯達。それと会って本当に良いのだろうか。最近では本当に家へ帰ろうとする意思が正しいのかさえ分からなくなっている。もういっそ、ずっと前にフェイロンが言った通り現実を見て、帰る事を諦めるべきではないだろうか。
 少なくとも、『誘拐犯』と対峙するのだ。魔族だと言っていたし、問い詰めて聞きたい事を教えてくれるはずもない。どころか、自分を誘拐しようと襲い掛かって来る事だろう。
 そんな危険な事に仲間を巻き込むべきではないのでは? 流石にそこまでお願いするのは図々しすぎるというものではないだろうか。
 いやしかし、ロイは誘拐犯であり依頼人である魔族2人組に会う気満々だ。

「珠希? どうかしたの、ボーッとして」
「あ、いや。今までの事を思い出してた。……あのさ」
「うん?」

 ――実は私、アーティアに来る前に車っていう時速50キロくらいで走る鉄の塊と正面衝突して運が悪かったら人間挽肉になってる可能性あるんだけど、それでもまだ家に帰れると思う?
 と、イーヴァに訊くべきか、訊かざるべきか。一瞬の内に悩みに悩んで、結局は結論を急いた末に出た言葉によって二択の選択すら満足に出来なかった。

「……いや、何でも無い」
「そう? 何か言いたい事があったら言って良かったのに」

 よく考えてみろ。今更、最初から分かっていて非公開にしていた情報を公開したところで言い知れない妙な空気になるのは目に見えている。意図して隠し事をしたのならば、行く所まで行ってから、自分自身の中だけで照合すべきではないだろうか。
 というか、言い出せない。今まで色々と自分以上に頑張って帰宅手段を模索してくれていた彼等に対して「いや実はもう死んでるかもしれないっす」、なんてとてもじゃないが言い出せない。うっかり罪悪感に負けてポロッと余計な事を言わなくて良かった。

「何だか元気ないじゃん、どうしたよ」

 コルネリアがまるで旧知の友であるかのように話し掛けて来る。対し、珠希は肩を竦めた。

「いや、魔族っていう連中とドンパチ殴り合いの大喧嘩になるんだろうなって思ったら気が重くなって来たっていうか……」
「お前ホントにビビリだよね。ただまあ、奴等に会わないって選択肢は無いよ」
「え? 何だか意欲的だよね、いつもと違って」
「当然さ。アイツ等がやらかしてくれたお陰で、あたしは仲間内で疑われるっていう不快な思いをさせられたんだ。会ったら縊り殺す」
「ひっ……!?」

 縊り殺す、のトーンがガチ過ぎた。タダ漏れの殺意に小さく悲鳴を上げる。それと同時に、何故、魔族があまり大人数で連まないなどと言われているのかを俄に理解した。自分の行動を阻害する者に対して、容赦がなさ過ぎる。とても『知り合いかもしれない』相手に抱く感情じゃないだろう、殺意って。

 自称相棒の態度に胃がキリキリと痛み始める。それと同時に、余計に気分が重くなって自然と肺から溜息が押し出された。