第5話

13.


 自身の無力さに打ちひしがれている時だった。珠希の不安そうな表情に気付いたのか、ガーレイとじゃれつくように戦闘を繰り広げていたコルネリアが思い付いたように言った。

「珠希! お前ちょっと、コイツの動きを止めろよ。逆誘拐してやろうぜ!」
「発想こわっ! む、無理だよ。斧も真っ二つに出来たんだよ? 人なんかに念動力なんて使ったら、骨が折れちゃうかも……!」
「大丈夫だって、骨の1本や2本。誘拐されるかもしれないってのに、随分と余裕のある発言だなあ、珠希ちゃんよ」

 余裕があるとか無いとかではなく、恐らく現代における道徳観念が邪魔をしているのだと思う。相手が殺す勢いで襲い掛かって来たのならば、反射的な自衛本能で勢いのままに超能力を使っても多少の罪悪感しか覚え無いだろうが、今は特にこちらへ注視している訳でも無い青年をいきなり通り魔みたいに襲うのはどうだろうか。
 ――とてもじゃないが、私にはそんな事出来ない。

 出来る事と言えば、出来るだけ彼等から離れて足を引っ張らないよう配慮する事くらいだ。

「む、無理だよやっぱり。私、どこかに隠れてるね……」
「は!? いやちょっと待って、あたしから離れるなって! お前、他にフリオとかいう奴の仲間がいないとも限らないんだから!」

 彼女の言葉は聞こえていたが、珠希はくるりと踵を返した。先程、ガーレイの突進が無効だった事で気が大きくなっていたのかもしれない。
 しかし、戦闘が繰り広げられているそこから離れようとして気付いた。
 ――ここは騒いでいてよく分からなかったが、少し離れてる所からも人の声が聞こえる。どことなく聞き覚えのあるような、毎日聞いているような声だ。もっと近付けば誰なのか分かるとさえ思う。男声だ。

 これは、ダリルかロイではないだろうか。ランドルの声はよく覚えていないので、遠く離れた所から彼の声が聞こえても認識出来ない自信がある。

「コルネリア! ダリルかロイが、近くにいるかも! ちょっと見てくる」
「黙ってそこで待ってろってば、もう!」
「ああ! 待てよ!!」

 ガーレイの声を聞きながら、声のした方へ足を向ける。追って来ようとしていた混血の青年だったがしかし、コルネリアの全力じみた蹴りが炸裂し凄まじい勢いで視界の端から転がり消えて行った。

 更に声へと近付く。
 ――「えぇぇぇ!? 何で俺が!?」、そんな若干情けない声が聞こえてきた。これは多分、ダリルだ。悲痛な叫び声だったが何かあったのだろうか。

 とにかく、ダリルは確かランドルと一緒だったはずなので合流して、安全を確保しよう。自分が安全である事が分かれば、とりあえずコルネリアとフェイロンの注意が逸れる事は無い。

「――あ! ダリルさん! ランドルさーん!」
「ふわっ!? 珠希ちゃん!? フェイロン達はどうしたんだい!?」
「ああっ!? この間の女の人だ!」

 ダリルを発見した。しかし、彼はランドルと2人きりという訳では無く、フリオの隣に立っていたあの女性――ルーニーと対峙していた。そういえば、ダリルは彼女が苦手なタイプだと言っていたのを思い出す。
 案の定、攻め倦ねているのか、すでに戦意を失った様子のダリルは気のせいか涙目だ。ああ、これはいけない所に来てしまったと後悔が押し寄せる。

「あらあら、丁度良い所に来たのねぇ。良い子だわ、たまきちゃん。さぁ、今度こそあたし達と一緒に行きましょ?」

 妖艶な笑みを浮かべるルーニーが艶やかな動作で手を伸ばして来る。届くはずもない距離に立っているが、背筋に薄ら寒い何かが奔った。
 珠希さん、とランドルが首を傾げる。

「他の方はどうされたのですか? ……と、ダリルさんが訊ねていますが」
「え? あ、ああ。何だか危なそうだったから、邪魔にならないようにダリル達の方へ逃げて来たんだけど……立て込んでるみたいですね。何だか私、こっちにいても邪魔?」
「いえ、ここは彼に任せて僕達は撤退しましょう。非力な人間ですからね」

 待って、と必死な声でダリルが止めに入る。

「状況見て! 俺、この人苦手なんだって一人にしないてくれよ! 泣く、三十路のおじさんがみっともなく泣き喚いちゃうから!」
「えぇ……? でもダリルさん、私がいたって足を引っ張るだけじゃないですか」
「珠希ちゃんって自分の命が第一過ぎるよね、いっそ清々しいわ!」

 ――困った。どちらへ逃げても邪魔だったようだ。