14.
どうしようか迷っていると、ランドルから腕を引かれた。本気でこの場をダリルに丸投げして撤退する腹積もりのようだ。
「行きましょうか。事情は分からないけれど、狙われているのでしょう?」
「いや、確かにそうですけど――」
「さあ、避難避難」
半ば強引に、引き摺られるようにその場からジリジリと撤退させられる。流石にダリルを放置するのも可哀相なので、何事か取り決めた上で逃げ出したかったが、ランドルがいやに性急に事を運ぼうとしている。
あら、とルーニーが挑戦的に嗤った。
「たまきちゃんったら、彼を置いてどこかへ行っちゃうのかしら?」
「えー……、ダリルさーん」
「もっと別れを惜しむように俺の事呼んでよ! 感じられないよね、感情が!」
あーれー、と我ながら態とらしい声と態度を取っていると、ルーニーが顔を引き攣らせる。心なしか、同情するかのようにダリルを見やった。
「アナタ、苦労してるのねぇ、可哀相に。使えない仲間を持つと大変じゃない、うちに来ない? ああでも、アナタ人間だったわね」
「や、別に珠希ちゃんにはそういう事は期待してないかな」
「え、あ、そう」
折衷案なのですが、と逃げ出す気満々のランドルが人差し指を立てる。
「いっそ、フェイロンさん達と合流しては? 相手をするのが嫌なら、対峙する相手を交換してしまえば問題無いでしょう」
「フェイロン達を巻き込めって? 後で何言われるか分かったもんじゃないだろ、それ」
「では、彼女を貴方が叩き潰すのですね?」
もういいわ、とルーニーが唐突に雰囲気を塗り替えた。
先程までは余裕たっぷり、こちらのやり取りをニヤニヤと嗤いながら見ていたが、ランドルの提案は気にくわなかったらしい。
優美な笑みを浮かべた彼女の周囲に水球が発生する。人間の頭ほどの大きさがあるそれが4つ程、宙に浮いていた。それらはゆっくりと穏やかな回転を繰り返している。
「おや」
「アナタ、ちょっと邪魔だわ。たまきちゃんだけ置いて、消えてくれるかしら」
顔を引き攣らせたダリルが大剣を携え、ルーニーに斬り掛かる。が、それより先に発生した水球が攻撃行動を始めた。
ミキサーのような勢いで回転速度を上げたそれらが、徐々に体積を減らしながら氷の刃を四方八方に飛ばしたのだ。一人である事を良い事に、全方位攻撃。ギョッとして目を見開いたダリルが大剣を地面に突き立て、その裏に身体を隠した。
一方で、固まって立っていた珠希とランドルに際しては遮る物が何一つ無かったが、にも関わらず氷の飛来物は不可視の壁に阻まれて全て力無く地面に散らばってしまう。
「お、おおっ! 流石ランドルさん! ぶっちゃけランドルさんの事なんてよく知らないけど!」
「適当な事を言って人を煽てるのがお得意なようで。しかし、僕は何もしていませんが」
「え」
重々しい風切り音。
ふと我に返れば、少し前まであんなに躊躇っていたダリルがルーニーに向かって大剣を上段から下段へと振り下ろしていた。その勢いたるや、彼女がそれを避け損なって真っ二つになっても構わないような勢いだ。
体勢を崩しながらも人とは思えない俊敏な動きで大剣を回避したルーニーが表情を曇らせる。引き攣った笑みを浮かべながらも肩を竦めた。
「何か……スイッチ入っちゃったかしら?」
ダリルを捉え、バックステップで下がって行くルーニーの背が、建物の壁にぶつかった。息を呑んだその人が、慌てて両手を目の前に翳す。
掬い上げるようなダリルの一閃が、彼女の発生させた結界を障子紙のように斬り裂き、その本体、脇の辺りから袈裟懸けに斬り裂く。しかし、結界の恩恵か浅い。僅かにしぶいた鮮血を尻目にルーニーが壁際から逃げ出した。
「――決着しそうですね」
「……あの、ランドルさん。何をやっているんですか?」
「後方支援ですよ、勿論ね」
言いながら、ランドルがポケットから複雑な模様が描かれたタロットカードのようなものを取り出した。それには覚えがある。うっかりコルネリアと契約した神殿で、召喚師が持っていたカードだ。
法則性があるような、それでいて何も無いような幾何学模様がカードから溢れ、人がすっぽり入れる程のゲートを作り出す。
「え? ……えっ!?」
ゲートの中から人間など簡単に握りつぶせそうなサイズの腕が伸びて来た。その腕のサイズからして、本体があの小さなゲートを通り抜ける事は出来ないのが容易に理解出来る。
「は!? ちょ、ランドル! お前、もうちょっと考えて召喚術は――あぶなっ!」
慌ててダリルが退避した。凄まじい速度で珠希の目の前まで戻って来る。ルーニーはと言うと、舌打ちして更に自分達から距離を取り始めていた。
ゲートから伸びて来た腕がハンマーよろしく、地面を叩く。
石畳が簡単に割れ、その下の地面を抉り、盛大に地面を揺らす。小さく悲鳴を上げたルーニーがもんどり打ちながらも、しっかり受け身を取って素早く立ち上がった。