第5話

11.


 と、不意にフェイロンが足を止めた。釣られて足を止めたコルネリアは、明後日の方向を見て眉間に皺を寄せている。

「ど、どうかしたの?」
「火の匂いと、獣の臭いがする」
「高い魔力値の気配だな。けど、あたしの同族じゃ無さそうだ」

 同時に答えた2人の言葉はバラバラだったが、一つだけ分かる事がある。2人が足を止めるような何かが近くにいるという事だ。
 ええ、と情けない声を上げた珠希は一般人よろしくコルネリアとフェイロンにぴったりとくっついた。自身の命の前には恥じらいなど無価値である。

「見られておるな。建物の中か?」
「厄介だな。どうにかして、外に引き摺りださないと、狙い撃ちされそうだ。あ、火でも放つ?」
「止めろ、街の中だぞ。そこへ火を放つなど、正気の沙汰ではない」

 はいはい、と呟いて肩を竦めたコルネリア。
 その瞬間を狙い澄ましたかのように、無数の氷矢が飛来した。きらきら、と視界の端で輝くそれが見えた瞬間、彼女の手が腰に周り、珠希諸共その場から撤退する。
 ややあって、先程まで立っていた所に鋭い氷の矢が音を立てて突き刺さり、その周辺を凍り付かせた。

「そこかっ! ふん、ちょーっと詰めが甘かったかな!」

 言うが早いか、コルネリアが無造作にその腕を振るう。先程までは珠希の背後に位置していた建物が巨大な鋭い刃物で傷を付けたかのように、深い傷跡が浮かび上がった。

 何らかの魔法を間一髪で躱したらしい人影が2つ、木葉のようにひらりと軽やかに地面へと着地する。何故かフェイロンの盛大な溜息が響いた。

「混血……は、良い。だが貴様は有角族か……。対処に困るな」
「別に、あたしだって好きでこんな風に生まれた訳じゃ無いわ!!」
「それでは済まぬのが一族社会というものよ。貴様には何の非も無かろうとな」

 フェイロンの一言に苛立ったような返事をしたのは少女だった。隠れて狙撃してきたと思われる2人組の片割れ。焦げ茶色、お団子ヘアーに幼さの残る顔立ち。恐らく、珠希よりも年下だ。スリッドの入ったスレンダーなドレスのような服を着ている。額にはフェイロンの角に似た菱形の何かが生えていた。伸びかけの、角のようなものが。

 もう一人、くすんだ黒い癖のある髪に、目尻に赤いペイントが施された野性的な男。爪があり得ない程に鋭利で、人狼村での人狼を彷彿とさせるが、それとは別の何かかもしれない。

「何であたし達を襲って来たんだ、こいつ等」
「然もありなん。珠希がおるからだろうよ、前回も本来は珠希が目当てであったようだからな。捕まえて、事情を吐かせるのが先決であろう」
「フェイロン、お前あの娘は同郷じゃないのか? いいのかなあ、一族を蔑ろにして人間の小娘なんかの心配してて」
「混血は一族の者ではないよ。それに、3部族あるからな。どこか別のそれとも限らん。いずれにせよ、俺があの小娘を擁護する事は出来ぬ」

 ――凄く真剣な話をしている所悪いが、何も頭に入って来ない。
 2対2なんかされたら、確実に自分まで巻き込まれる。フリオもルーニーも姿が見えないという事は、まだどこかにいるかもしれないという事だ。フェイロン達から離れる訳にはいかない。

 どちらにくっついていた方が安全か。
 一見するとフェイロンの近くにいた方が安全のような気もするが、一族云々などと部外者が首を突っ込んで良い問題ではない問題を今回は抱えているようだ。
 しかし、気分屋のコルネリアは雑な所がある。庇護下に入ろうとしても、捨て置かれる可能性が排除できない。

「ど、どこも危険過ぎィ! あ、ダメだこれ、女子高生誘拐殺人事件とか言って、明日の見出しを飾っちゃう!! 家にマスコミが押しかけて来るんだ……ごめんね、私の家族ッ!!」
「な、ど、どうしたよ急に。お前そういう所あるよね。いきなり正気を投げ捨ててくるやつ」

 それまで口を噤んでいた混血の男が口を開いた。見た目通り、どことなく軽薄にだ。

「ま、何はともあれ、誰だっけ? 女の子だけは生かして連れてくりゃいいんだよな! そうだろ、ファンメイ!」
「真ん中の子だからね。間違えて殺さないでよ、ひ弱そうだし」
「分かってる! 大丈夫、俺はやれば出来る子!」
「やれば出来る子っていうのは、出来ない子に言う言葉だってフリオが言ってた」

 「ファンメイ」、と苦虫を噛み潰したような顔でフェイロンが少女の名前を反芻する。言われてみれば、名前のニュアンスなんかがフェイロンにそっくりだ。同郷出身者なのだろう。

「よしっ! 有角族やら魔族やらは相手にしてられねぇからな! とっとと目当ての人間だけ攫っちまおうぜ!!」

 言うが早いか、青年が肉薄してきた。ファンメイが「ガーレイ!」、とまるで唐突に走り出した飼い犬でも咎めるかのような口調で声を上げるが、当然それに拘束力は無い。