第5話

10.


 ***

 徒歩2時間。
 120分も歩くなんて、日本にいた頃には考えもしなかったが最近では「あ、今日はすぐ着いたな」、などと狂気じみた考え方が出来るようになってきた。自身の慣れにゲンナリした気分を抱きつつも、目の前の街を視界に入れる。

 ロイの目的地、タイラー領。少しだけアンティークな感じの、石造りの街だ。非常に頑丈そうなイメージが先行してしまう。並ぶ店もぴっちりと戸が閉められ、盛大な活気こそは無いが規律を重んじる空気が漂っていた。

「冬とか寒そうな街だね」

 思わず口を飛び出た感想に、コルネリアが心底可笑しそうな顔をする。

「訳分からない事をたまに口走るけれど、お前の自由な発想は嫌いじゃないよ」
「馬鹿にしてるよね? この間から風当たり強く無い?」

 これからどうする、と訊ねたのはダリルだ。少しだけ考え込む素振りを見せたイーヴァはパーティに的確な指示を出す。

「フリオが潜伏しているかもしれないから、単独行動は禁止にしよう。特に珠希の事は、フェイロンかダリルがちゃんと面倒を見ていて」
「あたしも居るんだけどなあ」
「コルネリアは雑な所があるから。私とロイはフリオを待つ為に、街の中を歩き回ってみる。買い出しとかお願いしてもいい?」

 任せよ、とそう言ったのはフェイロンだ。

「行くぞ、珠希。携帯食の買い出しをせねばならん」
「はーい」
「あたしもそっちに着いて行く」

 絶妙に懐いている野良猫の如く、コルネリアが駆け足で寄って来る。どうしてこの人外組は仲が悪いのに、いつもいつも一緒に行動するのか。痛む胃を静かに押さえたが、ここでダリルが悲鳴にも似た訴えを口にした。

「えっ!? ランドルさんはどうする!?」
「僕は魔法屋に行きたいです。ダリルさん、勿論僕と一緒に来てくれますよね?」
「嘘だろ……。俺と全然関わり無いじゃないか、ランドルさん」

 ランドルはただ護衛というか前衛の仲間がいればそれでいいのか、ダリルを伴ってスタスタと街角へ消えて行った。人間関係を重んじるというか、気にしすぎるダリルには苦行だろう。他人事なのでどうしようとも思わないが。

「あたし等も行くぞ。珠希、何か見たい店は無いの?」
「どんな店があるか分からないから何とも……。え、寄りたいって言ったら寄ってくれるの? というか、物を買っても荷物が増えるしなあ。美味しい物が食べたいって事で」
「食い意地の張っている事よなあ。この辺りならばミーヒピッピの丸焼きが有名ではあるな」
「はい? ワンモア」
「は?」
「もう一回言ってみてよ。何て言ったの、今」
「ミーヒピッピの丸焼き」

 ――ヤバ……。何その、イマイチ想像出来ない食べ物は。丸焼き、て言ってるし何かを焼いた食べ物? 危険過ぎ……。
 ちら、とコルネリアに視線を移すも肝心な時に彼女は全く関係無い方を向いていた。自分の視線に気付く気配は無い。が、店並みを見ながらもフェイロンの言葉には楽しそうに応じる。

「ああ、旨いよな。あれ。あたしはハーブで味付けしてシーソースで食べるのが好きだ」
「ハチミツソースの方がコクが出て良いと何度言えば分かるのか。これだから安易に魚介を選択する輩は好かぬのだ」
「ばっかお前、結構活きが良いんだぞ? ハチミツなんざかけたら、活きが死ぬだろ。サラッと! シーソースだっての!」

 ――どんな食べ物なの!? 安易に食べて見たいとは言わない方が良いかも。
 どうしたものか。おやつ感覚で食べられるものではなさそうだ。もういっそ、適当な喫茶店に引き込んでパフェでも奢って貰った方が安全かもしれない。2人とも金だけは持っていそうだし。

「取り敢えずさ、みんな幾らくらいお金持ってるの? 冷たいものが食べたい」
「うん? 集る気満々か主は……。冷たいものならば丁度良いな。ミーヒピッピの丸焼きをハチミツソースで食べれば腹も膨れるであろう」
「いいや、シーソースだ!」
「待って待って待って! 丸焼きなんだよね? 冷製なの……?」

 そういえば、神殿にも寄って貰わないといけないんだ。この街、そもそも神殿があるのかも分からないが。ミーヒピッピの丸焼きとやらは確実に地雷メニューなので、どうにかして回避したいし、上手い事話題を変えてしまおう。
 ソース論争を続けているおじいちゃんとおばあちゃんにそれとなく声を掛ける。この人等、本当にどうでも良い事で喧嘩をするから困惑ものだ。

「神殿にも寄りたいし、やっぱり夜ご飯が入らなくなったらマズイから止めようよ」
「珠希。ミーヒピッピの丸焼きは手の平サイズだ。問題無いよ」
「え!? いやもう、ハッキリ言うけどさ、その訳の分からない料理は頼みたくないんだってば!」
「否、一度食べてみるとよいぞ。病み付きになる」

 ――だから、何でこの人等その謎料理を滅茶苦茶推してくるんだろ……。