第5話

04.


「同時に作業を行うのは無理。少なくとも2回には分けなければ」

 重苦しい雰囲気、つまり静まり返ったこちら側の空気を振るわせるようにするりとイーヴァの言葉が流れて来た。勿論、彼女の言葉の矛先はロイ達に向けられている。
 聞くとはなしに聞いていると、更にイーヴァは言葉を続けた。

「剥ぎ取った竜の素材で、まずは丈夫な武器を造る。それから付与術式を加えた方が建設敵だと思う」

 簡単に言いますけど、とランドルが頭を振る。

「付与術式を錬金術で加えるのは難しいと思いますよ。本当に出来ますか?」
「大丈夫。前にもやったから」
「あ、そんな日常的に加工錬金やってる感じなんですね。凄いな。イーヴァさん、論文とか書いてみる気はありませんか?一瞬で億万長者になれますよ」
「そんな事はどうだっていい」

 億万長者――人生勝ち組の代名詞ではないか。自分だったら断らないだろうな、と思いつつ会話に耳を傾ける。
 が、そこで会話は終了した。仕切り直すようにロイが手を打つ。

「ま、取り敢えず今日はもう休もうぜ!」
「ロイ、眠いのならそう言えば良かったのに」

 コルネリアが盛大な欠伸を漏らし、木に寄り掛かった。寝る体勢に入っているのは間違い無いが、やはり魔族は魔族。ちら、と黙り込んでいる珠希達の方へ目をやると意地の悪い笑みを浮かべた。

「おう、そっちさんも早く寝な。小競り合いも程々にして」

 苦虫を噛み潰したような顔をしたフェイロンが盛大な溜息を吐き、会話の輪から離れて行ってしまった。人外だし、危険に襲われる不安は無いがその行動原理には不安を覚えてしまう。

「ダリル、フェイロンはどうしたの?」
「んー……。何か忙しいみたいだ。放って置いた方が良いと思うぞ」

 オブラートに包んだダリルの言葉にイーヴァは納得しなかったようだ。少しだけ不満げな顔を全面に押し出す。が、それ以上の追求はせずに寝る準備を始めてしまった。

 ***

 うっかり二度寝してしまい、起きた頃には太陽は遥か頭上にあった。
 珠希自身には声が掛からなかったが、流石に朝を過ぎ去った段階で寝ず番だったダリルは就寝に入り、今は代わりにロイが焚き火の痕をぼんやりと眺めている。

「……ヤバ、二度寝した」
「珠希すっげぇ寝てたよな。みんなが起きだしてるのに爆睡してて、もう可哀相だから寝かしててやろうって事で出発時間ズラす事になったぞ!」
「ご、ご迷惑をお掛け致しました……」

 周囲を見回す。ダリルが丸くなって熟睡している他、ランドルも朝には弱いのか死人のような顔色で爆睡。イーヴァは転た寝、コルネリアはいない。そういえばフェイロンの姿も無いようだ。皆、思い思いの時間を過ごしているらしい。
 なお、珠希自身は寝具に入って5分で就寝。なので自分が眠った後に起こった諸々の出来事は全く知らない事になる。

 ぼんやりと仲間の状況を眺めていると、不意にロイがこちらに顔を向けた。その顔は起き抜けのそれではなく、ハッキリとしている。彼自身は朝型の健康的なタイプなのかもしれない。

「何か昨日、フェイロン達と盛り上がってたみたいだけど何の騒ぎだったんだ?何か途中でイーヴァが滅茶苦茶怒ってて恐かったぞ!」
「怒ってた……?」
「珠希、フェイロンと喧嘩でもしたわけ?」

 胸ぐらを掴まれた事を指しているのだろうか。あれは実験的な行動であり、特に怒気だとかいう感情に突き動かされた訳では無いだろう。

「喧嘩は……してないよ、うん」
「ならいいけど。珠希、全然死んだ様に寝てて動かないから。具合悪いんじゃないかって思ったんだよ」
「それより、冷え込んでるイーヴァとフェイロンの関係性の方が私の胃には悪いかなあ」
「え?まあ、アイツ等、結構事務的なところあるからな!衝突してんのは、あまり見た事無いけど!」

 などと話をしていると、行方知れずになっていたフェイロンが木々の間を縫うようにしてふらりと現れた。手にはタオルを持っており、僅かに髪が湿っているのが分かる。

「おや、おはよう」
「おはよー」
「珠希、声を掛けても全く目を醒まさぬ故、体調でも悪いのかと思っておったが平気かね?」
「ああ、うん。今日は朝からやけに体調の有無を確認されるけどさ、朝に弱いだけだから……。最近、野宿してなかったし神経が磨り減ってただけだと思う」
「ならばよいのだが」

 フェイロンは、とロイが絶妙なタイミングで話を変えた。

「ランニングでもしてきたのか?」
「そんなわけ無いであろう。小川を発見したから、顔を洗って来ただけの事」
「おっ!水場あんのか、俺も顔洗って来ようかな。というか、よくそんなもん見つけたよな!」
「水の流れは昨晩からずっと聞こえておったからな。日が昇ったので、様子を見に行けばやはりと言ったところよ」

 有角族すげぇ、と言いながらロイが立ち上がる。フェイロンが黙って自分が来た方向を指さした。

「迷ったら大声で呼ぶから、捜しに来てくれよな!」
「主のお気楽さには舌を巻くが、まあ、良いだろう。承知した」
「ってかロイくん、見張りは私達にさり気なく放り投げ?流石だわ……」

 はっはっは、と朝のテンションとは思えない快活さで笑ったロイは手を振りながら走り去って行った。不安だ、絶対に迷うだろうあれ。