05.
その後、バラバラと皆が集合し、何とはなしに出発の準備が整うまでに掛かった時間はおよそ1時間だった。こういう気怠い雰囲気は嫌いではない。時間がカッチリしている訳でも無く、本当の意味での自由を満喫しているようで。
そんな中、不意にイーヴァが珍しく遠慮がちに声を発した。
「ごめん、今日も野宿になるかもしれないけれど、ちょっと錬金術を試してみたい」
「おや、どうしました。急に」
少し前まで死人のように眠っていたランドル。しかし、今の彼は心なしか少しばかり顔色も良く何とか生者に見えなくも無い顔色に戻っている。
「みんなが出掛ける準備をしている間に、設計図を組み立ててたの」
「ああ、一応の目星は付いたという事ですね?」
「そう。……でも、嫌なら今は我慢する」
イーヴァの視線は心なしか自分に向けられているようだった。そりゃそうだろう、珠希自身は野宿が嫌いであると公言しているようなもの。他の連中は自分程、外で眠る事に抵抗がないようなので選択権は必然的に自分へと委ねられる。
とはいえ、世話になっている身だし何より彼女とは友達であると自負しているのだ。まさか友人の大事な生涯研究の邪魔を、積極的に使用とは思えない。
「あ、別に良いんじゃないかな。フェイロン、私にも小川の場所教えてよ。タオルとか洗いに行ってこよ」
「ごめんね、珠希。疲れているみたいだったのに」
「いや、昼過ぎまで寝てたし、今は比較的元気だから大丈夫」
高校へ行っていた頃よりぐーたら生活を送っている。とはいえ、高校時代は屋根のある場所でしか眠らなかったが。
「ありがとう。ランドル、ロイ、ちょっと手伝って」
「ええ、了解しました。僕、実は錬金術は全く向いていなくて。参加させて頂いて後衛ですよ」
「そんな大層なものじゃないけれど」
ロイとランドルがわらわらとイーヴァの周りへ集まる。
残されたのは、昨日の会話の流れではイーヴァの作業に興味を持っていたと思わしきコルネリア、昨日から錬金術に関してはノータッチだったフェイロンにダリルだ。
ちなみに、交代で昼寝に入ったダリルはというと、まだ完全に頭が覚醒していないようでボンヤリとした視線を虚空に向けている。寝ず番ありがとうございました。
「――で、川の場所であったな。ダリル殿も共に行くか?顔でも洗って、目を醒ますと良いであろう」
「や、俺もう1時間くらい寝ようかと。ここからタイラー領まで行くんだったら、多分今日も野宿だし」
「よいよい。流石に2日連続で寝ず番をやれなどと図々しい事は言わぬよ。俺が適当に順番を決め、皆で見張りを回すとしよう」
「おー、助かる。ありがとうよ」
あたしも川まで行く、と言い出したのはコルネリアだ。彼女は恐らく暇潰しだろう。
「コルネリア、タオルは?」
「んあ、忘れてた。というか、あたしは散歩ついでに着いていくだけだし」
「何か洗う物とか無いの?」
「あたしは魔法が使えるんだ。川まで行かなくても、水くらい喚び出せるっての」
――今から川へ行くぞ、って話してるのにそういう事言っちゃうからなあ……。
じゃあ今ここで水を出してみせろと言いたくなったが、何故かその事実に誰も触れなかったので口を閉ざしてしまった。
こっちだぞ、とフェイロンがさっさと先頭切って歩き出すのに続く。
「ダリルさん、結局何時まで起きてたんですか?」
「あー、珠希ちゃんはすぐ寝たからな……。俺は山の隙間から太陽が顔を出すまで起きてたよ。その後、フェイロンが一番に起きてきて俺と一度交代した。その後の事は知らないなあ」
「うむ、そうであろうな。ちなみに、俺の後はイーヴァが起きていた。その間に、俺はこの川を発見したという訳よ」
「その割には私がフェイロンを発見した時は水浴びした後みたいになってたよね?」
「二度行った」
どうやら自分が寝ている間に色々――それこそ、本当にたくさんの事が起きていたようだ。それらをまるっと飛ばしてしまったようで何だか少し勿体ない。
「ちょっと聞きたいんだけどさあ、あたし達はロイの捜し人の為にタイラーへ向かってるんだったっけ?」
「そうだよ」
「ふぅん……。じゃあ、武器が完成する前にタイラー領に着くのは色々噛み合わないな。いっそ明日も野宿するか」
言われてみれば確かにそうだ。イーヴァは自分が今思いついて出来そうだから、というニュアンスで提案して来たが、時間が押している。
「というか、お前等、昨日の夜面白い実験してたな?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたコルネリアは自分に――と言うより、背を向けて淡々と道を進んでいるフェイロンへと声を掛けた。
振り返ったフェイロンの表情は苦虫を噛み潰したような、そして同時に「何でお前がその話に絡んでくるんだ」、というような絶妙な表情をしている。ダリルが慌てたように制止の声を上げようとしたが、コルネリアの口は止まらない。
「で?お前のお眼鏡には適いそう?人外同士だろ、話してみろよ」
「主には関係の無い事よ。珠希の超能力とやらは使いようによっては仲間内の怪我人を減らす事に繋がると思ったまで。深い意味などないのだよ」
「うふっ、うふふふ。そう。なら、そういう事にしておいてやるよ。なぁ?」
――空気がギスギスしてきた!
目を伏せた珠希は、痛む胃をそっと押さえた。何だろう、人外組は噛み合う時は噛み合うが、そうでない時は目を覆いたくなる程険悪だ。