第5話

03.


 そう、1回目のドラゴン戦を経て、コルネリアと出会った神殿での出来事だ。あの、完全に頭がおかしかった召喚師のおじいちゃん。あれが召喚した犬っぽい生物の攻撃は防げたのに、素人手付きで斬り付けて来たおじいちゃんのナイフは全く防げず、負傷したのだ。
 ちなみに、血は言う程出ていないが手の甲には未だに絆創膏を貼っている。
 それを見せながら、珠希はフェイロンへ言葉を紡ぐ。このまま結界を過信され、矢面に立たされたのでは事故死する可能性があるからだ。

「神殿でコルネリアと出会う前、私をナイフで斬り付けて来たよぼよぼのおじいちゃんはのナイフは、私を怪我させたよ。性能まちまち過ぎない?」
「クルト式召喚術には召喚者の血液が必要であるからな。しかし、確かに……人狼の攻撃は防げて、人の手による攻撃を防げないのは謎よなあ」

 手の甲を向けていたら手首を掴まれた。そのまま、雑に張られた絆創膏を剥がされる。瞬きの刹那には、赤い裂傷は消え失せていた。
 それを会話しながらやってのけたフェイロンは何事か悩むように呻っている。前々から思っていたが、やけに超能力に食いついてくるな。

「身体の末端部だったからじゃないかい?」

 少しうとうとしていたダリルが存外はっきりそう言って会話に横入りした。なるほどな、とフェイロンが頷く。

「流石はダリル殿、良い所に気付く。そうか……。身体の中心を軸に結界を展開していると仮定すれば、腕を伸ばした時に手だけが結界の範囲外に出てしまう事もあり得る、と」
「フェイロン、それだと無理が無いかい?結界を身体の中心を起点に発動させるのって、ちょっと……魔法の仕組み的に」
「だが、珠希のそれは超能力だ。ありではないか?」
「いや、無いよ……」
「そも、今の意見はダリル殿の意見を元に組み上げた仮説だぞ?最初の一言の時、主は何が言いたかったのだ」
「ええ?いやさ、攻撃されると致命傷になり得る部分にのみ、結界が作用しているとか、って」

 フェイロンが黙り込み、釣られてダリルも黙り込んだ。丁度会話が途切れたのを見計らって、魔法云々の件について聞いてみる。

「何で魔法?の結界は身体の中心を起点には出来ないの?」
「そこからか……。結界というのは元来、ドーム状に形成されるものだ」

 それは想像できた。よくアニメとかで観る、半球状のやつだ。対象をすっぽり包み込んでいる事が多い。それを理解したタイミングで、再びフェイロンが口を開く。

「結界は――結界に限らず、魔法とはイメージの部分が強い。魔法が下手クソな者は大抵、魔法を使用した時のイメージが湧かぬからだ」
「はいはい、それで?」
「魔法を発動する際に起点を設定する必要がある。例えば、俺が戦闘中に魔法を使いたいと思った時、起点は手の平だな。一番何も考えず、手の平を向けた先に飛ばせる簡易魔法だからだ」

 確かに、フェイロンは足技を主として使うが、魔法を使う時は必ず手の平を一度対象に向けていた気がする。

「この起点は人それぞれでな。例えば魔法を使う剣士であるのならば、剣先や柄。魔法を主として使うものは額の一点だったり、敢えて複数箇所の一点を圧迫するなどして刺激し、その刺激のある箇所を起点として使う者もおるな」
「圧迫して刺激?」
「首から重い装飾品を提げ、その重さを起点にしたり、とかな。手袋をしていると思えば、手の甲の一点に小石を詰めたり、そんなものよ」
「分かるような、分からないような」

 珠希のその反応に対し、フェイロンが盛大に溜息を吐いて、横目でダリルを見やった。

「主の考察が正しいやもしれんな。少なくとも俺にはこやつが起点を理解した上で振る舞っているとは到底思えぬ」
「そうだろ?」
「ディスられてるってのは伝わってるんだよなぁ、その発言。で、何で身体の中心は起点に出来ないのさ!モヤモヤするでしょ、最後まで説明してよ」

 フェイロンが地面を軽く叩く。

「良いか、珠希。結界を発動する時においてのみ、結界の起点は地面だ。結界は言うなれば泡沫、あぶくと変わらぬ。動く対処に掛けたのではその挙動で泡が割れてしまうのだ」
「強度低い!使わない方がマシってレベル!」
「そういう意味ではない。結界は防御という面においては大変優れた魔法だ。しかし、そうであるが故に術式が複雑に組み込まれておる。動かない場所に起点を置かなければ、術式が狂ってしまうであろう」
「まあ、術式が何なのか分からないから、分からないけど」

 分からない、と言ったにも関わらずフェイロンは説明を粛々と続ける。

「しかしな、世にはいるものだ。結界を自分自身に張る事が出来る猛者がな。魔族、マーリンの説によると、結界を自身に張る事は出来るが起点を丁度身体の中心に持ってくる事は出来ぬらしい」
「あ、やっと本題だ」

 すっと、フェイロンが身体の中心あたりを指し示す。

「身体の中心というのは、この内側。体内だ。この体内の様子を、全く完璧に想像し、そこに起点を置くのは不可能である。露出している部分ではないからな。出来たとして、かなりの時間を有するであろう」
「――うんごめん、全部聞いといてあれだけど。私分かった。これ、結界じゃないや!」
「そうよな。俺も丁度その線を疑いだした所だった」

 正直な所、とダリルがまじまじとこちらを見ている。

「フェイロンの仮説を真っ向から否定する気は無いけどさ、たぶん、珠希ちゃんは例外って措置を念頭において考えた方が良いと思うんだよね。というか、珠希ちゃんが元いた世界って、君みたいな人間が溢れてるのかい?」
「さあ、そんなにはいないと思いますよ。私も、超能力が使えるお仲間には会った事無いですし。けど、1人いるって事はあと何人かくらいいてもおかしく無いですよね」
「そっか。まあ、それは置いておいて。俺は珠希ちゃんのそれは安全装置みたいなものだと思ってるよ。だって、人狼戦とドラゴン戦はどっちも命の危険があるような攻撃を受けた上で無傷だっただろ?でも、クルト式召喚術を行うのに命の危険性は無い。血液をちょっと採取するだけだし、恐らく召喚師側にも殺意は無かった。だから、結界みたいなのも発動しなかったって事じゃないか?」

 フェイロンが低く呻る。何でこの人はこの間から、超能力の有無を執拗に調べようとしてくるのだろうか。

「随分とブッ飛んだ発想ではあるが、悔しいかな主の仮説を否定する材料が見当たらぬ……。常識的に考えれば、他者の殺意に反応し展開される結界を作りあげるなど歴史に名を残す偉業だが、超能力は……ううむ、珠希」
「はい……!?」

 立ち上がったフェイロンに胸ぐらを掴まれた。息苦しいのと唐突な行動に目を白黒させていると、溜息を吐いた彼が唐突に手を放す。

「え?……え?」
「今のは結界なぞ発動していなかったな……。では、やはり殺意の有無……それは――」

 当事者以上に驚いたダリルが苦い顔で苦言を呈した。

「フェイロン、やり過ぎって言うか、何でそんなに珠希ちゃんの結界のあれに拘るんだよ。念動力?の時はそうでもなかったのに。流石にらしくないし、いつもの余裕はどこに行ったんだ……」
「……すまぬ。まあ、こちらにも事情というものがあるのだ。次は気をつける」

 ――次、あるんかーい。
 思ったが重苦しい空気がツッコミを拒絶していた。