02.
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日が暮れた。珠希としては頭の中に地図が無いので、タイラー領がどのくらい離れているのか分からなかったが、当然の如く野営の準備が始まった時は結構遠いのだと思い知らされた。このまま野宿2日目に突入しなければいいのだが。
手早く食事を済ませ、煌々と焚かれている焚き火に手を翳す。先程まで携帯食を温めるのに使っていた炎。太陽が完全に落ちて真っ暗になってしまうと、キラキラ輝く火というのは少しばかり目に痛い。
「寝ず番は何時くらいに交代するのですか?」
不意にランドルが訊ねた。まだ午後8時くらいなので寝るには早い時間だが、順当な質問と言えるだろう。
「あ、俺やるよ。慣れてるから」
ダリルがそう言った。
しかし、彼の言葉は本物だ。野宿の際はいつだって彼が最初から最後まで寝ず番をやってくれる。一度だって寝落ちした事が無い、脅威の体力と精神力だ。
ダリルが騎士である事はランドルも知るところなのか、ありがとうございます、と頷く。
「しかし、僕は割と遅くまで起きているので何かあれば交代しますよ。午前2時からが僕の時間ですし」
「本当に夜型だなあ」
珠希はゆるゆると周囲を見回した。
増えた仲間を含め、旅のメンバー達は思い思いの相手と会話を楽しんでいる。ちょっとした修学旅行みたいだ。自分は今3年生だから、修学旅行は去年だった。遊園地に1泊して、何故か野球観戦をして、あとは神社巡りをしたような。あの時、同じ班になった子とは今でも連絡を取り合っている。
取り合っているから。流石にこれだけ学校を休んだ上、連絡も付かないとなれば心配しているに違い無い。
毎日が忙しくて、慣れない事ばかりで飛ぶように過ぎていったが、本当は何日経っただろうか。もう一月以上は経っているだろうが――
不意に脳裏を掠める不安。考え無いようにしていた現実とも言える。
本当に自分は元いた場所に帰れるのだろうか。忙しさにかまけて忘れたふりをしていたが、何度も言うように交通事故に遭って、目を醒ました場所がここだ。
現実にいる八代珠希はとっくに交通事故で死亡していて、ここにいる夢を視ているとか、そんなオチじゃないだろうな。死後の世界なんて、テレビでやっていても全然信憑性が無い。死人に口なし、死んだ人間がどうなるのかなど、自分で体験しなければ分からない事だ。
それに、本当は事故に遭った時死んだかもしれない、という思いは最初からあったはずだ。だけど、意図的にその情報をイーヴァ達に伏せた。心の中で、実は帰れないんじゃないかという不安があったからだ。
絶対に元いた場所に戻れる、来る事が出来たのなら帰る事も出来ずはずだ、と強い気持ちがあったのならば。親身になって情報を集めてくれる彼女等に最初から最後まで事の顛末を説明する事が出来たはずなのに。
――どのみち、帰る事を諦める訳にはいかないが。
何せ、今居るこの場所に自分が腰を落ち着けられる場所は無い。イーヴァだって生きている限りずっと旅を続ける訳ではないだろうし、いつかはパーティも解散する日が来る。その時、帰る場所が無い自分は野垂れ死ぬしかなくなるだろう。
であれば、いくら望みは薄くても帰られる事に賭けるしかないのだ。
チラ、とイーヴァの方を見やる。彼女はロイを交えた王都セット3人と話をしていた。錬金術と武器の話題だろう。
「ところで珠希よ、昼には聞きそびれたのだがな」
「フェイロン、イーヴァと喧嘩してるなら早く仲直りしてよ。空気が悪い」
「喧嘩……を、しているつもりは無いのだが。というか、主は存外に鋭いな……。俺は驚いたぞ」
「私、ここに来るまでは学校に行って20人近くいる同じくらいの歳の女子と喋ってたんだよ?あんた等の分かり易い険悪ムードが伝わらない訳ないよ!」
「何ぞその空間。いるだけで頭に血が上りそうだな」
「で、何さ。聞きたい事って」
フェイロンが聞きたい事、というのは二通りしかない。『地球』についてか、或いは超能力についてだ。
「主の超能力とかいう能力セットの中に、俺は結界が含まれているものと仮定している」
「え、何で急に本格的な考察を……?」
「うむうむ、それでだな、どの程度の強度があるのかを俺は知りたいのだが」
結界、名前的に攻撃を防ぐようなあれだろうが、それについては分からないの一点張りだ。何せ、現代日本の方では持ち得なかった能力である。そんなものあったのならば、車と正面衝突したりはしなかっただろうし。
それに、その能力については自分でも思うところがあるが、性能にバラつきがある。
「どうやって知ろうとしてるのかは分からないけど、前に人狼村あったじゃん?」
「あったな。カモミール村の事であろう?」
「そうそれ。あの時、人狼が部屋に乗り込んで来たよね?私、フェイロンが助けに来る前に、一度人狼にブン殴られたはずだけど、全然平気だったんだよ」
「だから主はあの時、怪我がどうのと騒いでいたのか。だが、そうか……。物理的な強度はある、と」
「と、思うじゃん?」
「む、嫌な予感のする前置きよな」