01.
王都を出た珠希達は従来の如く、徒歩でタイラー領を目指していた。というのも、ロイの情報によるとフリオらしき人物を目撃したとの事らしい。
ところでさあ、とコルネリアが青い空を見上げながら不意に口を開く。
「フリオって誰?」
「それは僕も疑問に思っていました」
王都で駆け込み参戦してきた自称相棒と偉大な召喚師。肩書きだけは立派な彼等だが、結構無理にパーティインした為か仲間内で抱えている問題を全く把握していない。当然と言えば当然だが、「じゃあ何で着いて来た」という根本の疑問を拭う事は出来ないだろう。
当事者であるロイが少しだけ神妙そうな顔をする。基本的に心配になるくらい喜怒哀楽の喜と楽しか感じ取れない彼だが、フリオに関してはその他の感情が伺えるようだ。
「フリオは俺の友達で――」
ロイの説明を尻目に、フェイロンに視線を移す。
王都は良くも悪くも皆の状況を変えてしまったようだ。フェイロンは考え込む事が多くなったし、ダリルは前よりもっと穏やかになった。蟠りが消えたからかもしれない。イーヴァはと言うと――何故だろう、もっと他に警戒すべき相手はいると思うのだが、時々酷く棘のある視線をフェイロンに向ける事がある。
女子高生歴2年の自分としては、お多感な時期の秋空より変わりやすい乙女心を汲むというベリーハードな感覚を身に付けており、彼等のどこかオープンな意思表示は読み取りやすい。
それを踏まえた上で、それとなく珠希は口を開いた。
「なんかみんな、静かだけどどうかしたの?」
――すっとぼけて何も気付いていない、カマトトぶる作戦!
女子特有の戦法である。同性には『気付いていないふり』は見破られやすいが、こちらに敵意や戦意は無い以上、乗るしかない。ここで突っ掛かると周囲に「え?何怒ってんの?」と窘められる可能性があるからだ。同性だけでなく、異性が会話に混ざっている時に使うと効果覿面だぞ。
しかし、食いついて来たのはボンヤリしていただけのダリルだった。
「ああ、ごめんよ。陽気が温かくてボーッとしてた。何かあったかい?」
「や、別にダリルさんの事じゃ……」
「何か王都入ってからこっち、珠希ちゃんは俺に厳しくない?」
ダリルの発言か、それとも自分の発言か。
ともあれ、どちらかの言葉が何か作用したらしい。上の空だったフェイロンと目が合う。チラッとイーヴァの方を見れば彼女はフェイロンを冷めた目で見つめていた。
――えっ、あれ、何事?険悪ぅ……!!
これはまさかの喧嘩か。一方的にイーヴァの怒りに触れているようにも見えるが。しかし、どうすれば彼女を怒らせる事が出来ると言うのだろう。
困惑しているうちに、何事か話したいような顔をしていたフェイロンがとうとう口を開く。
「珠希。ランドルを仲間にしたのは、主の体調を診て貰う為だと申しておったな?」
「それ言ったのはイーヴァ――」
「で?どうだったのだ、体調は悪く無いか?」
「うーん、超能力の方はノーリスク云々って言われた気がするから平気だと思う。けど、魔力、魔力かあ……」
あの時はサラッと流されてしまったが、自分に魔力などという現実離れしたそれがあるとは思えない。現代の日本において魔力なんて言葉はフィクションの産物でしかないからだ。
であれば、自分に魔力値などという値は無い。それで解決するはずだが、ランドルはこうも言っていた。「魔力は補助輪の役割を担っている」、と。
「私に魔力なんてものがあるとは思えないけれど、それがあるから、前より超能力の質が上がったって事かなあ」
「うむ、珠希よ。主は何にも考えていないように見えるが、主は主なりに考えてはいるのだな」
「え、あれ、何で今喧嘩売られたんだろ」
「ところで――」
フェイロンの言葉はコルネリアの「ウケるんだけど!」、という言葉に掻き消された。あまりにも大きな声と、続く手を打つ音に一同の視線がそちらへ集まる。見れば、腹を抱えて大笑いしているコルネリアと、反応に困るロイとランドルの姿があった。
コルネリアはイーヴァの姿を見つけるとやはり大笑いしながら合点がいった、ともう一度手を打つ。
「だからお前、ドラゴンの素材を集めてた訳ね!はいはい、納得した!ドラゴン武器とか強そうだもん」
コルネリアを一瞥したランドルが、イーヴァへと声を掛ける。
「何の足しにもならないかもしれませんが、これでも僕は術師。錬金術とやらで組み込む術式が上手く編めない時は、声を掛けてください。とはいえ、錬金術に関しては完全に素人なのでよく分かりませんが」
「あっ!ランドルお前、何先に媚び売ってんだよ」
「売ってません。あと、僕は夜型なんですよね。真っ昼間から高い声でギャーギャー騒ぐのは止めて頂いていいですか」
「おう、珠希!この魔族であるあたしもいるからな!」
赤いマニキュアが塗られた手をパタパタと振ったコルネリアはまだおかしそうにクツクツと笑っている。何がそんなに面白かったのだろうか。ロイの話は割と悲惨なところがあって、笑うと不謹慎極まり無い感じになってしまうのだが。