第4話

25.


 ***

 日が暮れた。今日はそもそも、明日出て行く自分達を盛大に送り出す、とヴィルヘルミーネが意気込んでいたので食事会だ。即ち、全員が一堂に会す時間だと言っていい。
 そんなホール1つを貸し切りにしたドアの前。図書室へ行っていた女3人とランドルが立っていた。

「……ランドルさん。今から残りの仲間達にあなたを紹介しますけど、絶対に!狂気の滲む発言をしないように!」
「貴方、僕を何だと思ってるんですか」

 珠希はすでに全てに対して興味の失せた顔をしたランドルにそう念を押した。彼はやさぐれた顔をしてはいるが、興味の無いものに対しては比較的冷静だ。中にいるのは人2人に、有角族1人。特に興味の引く人物はいないはず。大丈夫だろう。

「大丈夫じゃないと思うけど。主に頭の堅い角お化けが。小言の一つ二つは覚悟してた方が良いと思うぞ」
「気が滅入る事を言わないでよ。じゃあ、開け――」

 心の準備を整え、さあドアを開けようとしたその時。業を煮やしたイーヴァがさっさとドアを開け、中にいた人物達の視線が一斉に集まった。
 騎士団の面々は3人のみだ。ヴィルヘルミーネ、ハーゲン、ディートフリート。なお、ディートフリートは人間の顔を気難しそうに歪めている。こちらを見てもいないので、人化しておくのが苦痛なのだろうか。
 パッと顔を輝かせたヴィルヘルミーネが口を開く。

「おや、お帰りなさい。図書館はどうでしたか?――あれ、ランドル殿、何故ここに?」

 高い地位にいる召喚師、というのは本当だったらしい。ランドルの事を認識しているヴィルヘルミーネは僅かに首を傾げている。
 予想外の出だしに、思い描いていた紹介の為の文言が全て飛んだ。珠希は口を開閉し、最終的には硬直した顔をイーヴァに向ける。勿論、彼女は自分の視線になど微塵も気付かなかった。

「ええ、師団長殿。実は僕、彼女等に同行することにしまして」
「また旅に出るのですか?あまりとやかくは言いたくありませんが、国が有事の際には戻って来てくださいよ」
「勿論。しかし、今王都は平和そのもの。僕の力など現在は要らないでしょう」

 待て待て、とフェイロンが額に青筋を浮かべて止めに入る。目尻を吊り上げたそれは、博物館のトイレに飾ってあった般若の面にそっくりだ。何故そのようなものをわざわざトイレに飾ろうとしたのかは解明出来ていない。

「イーヴァ、そこな男が言っている事は本当か?」
「うん」
「何故!?これ以上、旅の人員を増やしてどうするつもりなのだ」
「珠希に何かあった時、誰よりも処置が出来そうだったから。それに、本人が来たいって言ってるんだし、止める権利は無いかな」
「あるわ!正気かお主!」

 頭を抱えたフェイロンがランドルを伺う。眼鏡の奥にある瞳は興味が無いせいか濁っているが、それでも唇に薄い笑みを浮かべた――はい、これは不審者。ヤバイ類のマッドサイエンティストにしか見えない。具体的に言うと、近所のスーパーなんかにいたらおばさま達から即警察に連絡されてしまうレベルで怪しい。
 案の定、フェイロンは元々引き攣っていた顔を更に引き攣らせた。

「ダリル殿、イーヴァに何とか言ってやってくれぬか。あの犯罪者予備軍を元の場所へ戻して来い、と」
「えぇっ、俺!?いや、俺に言われてもなあ……」
「ロイでも良いぞ」
「別にいんじゃね?何か、特に役に立たなそうだけど無害そうだし。いてもいなくても、って感じだろ」

 ――いや、流石に言い過ぎィ!
 男共の口から飛び出す、滑らかな罵詈雑言に背筋が冷える。これでは嫁と姑の戦争を見ているような緊張感だ。
 が、助け船を出したのは意外な事にヴィルヘルミーネだった。

「フェイロン殿、確かにランドル殿の見た目はその、あまり清潔感があるとは言えませんが、彼は歴とした王属召喚師の名を冠する者です。具体的に言うと召喚ランクはA。見た所、貴方達の旅の仲間には術師がいないようですし、ランドル殿はいてくれると助かる事間違い無しですよ」
「主は随分とランドル殿とやらを持ち上げてくるなぁ……」
「召喚師の援護は騎士にとっては無くてはならないものですから。その素晴らしさを伝える役目を担うのも、我々の役目です」
「勤勉な事よな」
「有角族の貴方方程ではありませんよ。これからも精進します」

 はぁ、と疲れ切ったような溜息を吐き出したフェイロンは高級そうな椅子の背に、その身を沈めた。反論は無いと悟ったのか、それとも単に我慢の現界だったのか。机の上に並ぶ料理から目を離さないロイがぽつりと呟いた。

「取り敢えず、飯食おうぜ。腹減った。よろしくな、ランドル!」
「取って付けたようによろしくされましたが、こちらこそ、とでも言っておきましょうか」

 不意にハーゲンが椅子から立ち上がる。ぐるりと周囲を見回した彼は眩しい笑みを浮かべた。

「椅子が1つ足りませんね、俺が取って来ましょう」

 ハーゲンがすたすたと部屋から消えて行ったのを見届けたロイがイーヴァに声を掛ける。

「なぁ、次の行き先なんだけどさ、俺が昼の間に収拾してきた情報の都合でタイラー領に行きたい。フリオっぽい人物を見掛けたらしいんだ」
「分かった。次はタイラー領に一度寄る」
「ごめんな、珠希」

 別に良いんだよ、と返した珠希はイーヴァとフェイロンの間にある席に座る。しかし、大量の食糧だが全部食べられるだろうか。