第4話

22.


 ***

 翌日、女部屋にてイーヴァが不意にこう言った。

「今日はまだ出発出来ないから、私は都営図書館へ行って来る。珠希はどうする?」
「えっ?図書館?」
「王都には図書館がある。ちょっと昨日色々あって、本を読みに行きたい」
「一緒に行くよ。私の方も何か分かるかもしれないし」

 それにやる事も無いとは流石に言えない。暇人だと思われるのは心外だ。しかし、それに対してコルネリアは難色を示した。勝手に召喚に応じておいて割と我を通していくスタイルの彼女は言葉をいちいちオブラートに包んだりはしない。

「行ってもお前が探すような本は無いだろ。え?帰る方法を探そうと思ってるんだよね?」
「うん。帰る方法――地球について調べないと」
「都営図書館にはポピュラーな本しか置いてないよ。ポピュラー、つったら万人が読むような有名著者の本とかな」
「帰る方法もそうだけど、他にちょっと調べたい事もあるんだよね」

 へえ、とコルネリアが口角を上げる。子供の世迷い言を聞いているような保護者然とした態度には辟易するが、敢えて触れないでおいた。
 一方でイーヴァもまた意外そうな顔で続きを待っている。笑われそうだし、見当違いだのと言われるとやる気が失せるので話したくなかったが、ここで「じゃ図書館行こうか」という言葉は流れ的に不自然過ぎる。
 仕方ないので、両手を挙げて降伏ポーズを取った珠希は観念したように白状した。

「いや、多分関係無いとは思うんだけど――カルマ?について調べようと思って」
「ふぅん……」

 コルネリアが目を眇めたのとは裏腹に、イーヴァは酷く意外そうな顔をした。次の瞬間、「ふふふ」、と不気味な低い笑い声を漏らす魔族。

「オーケー。分かった。あたしが一緒に本を探してやるよ。じゃあ行こうか、イーヴァ」
「いや待って。どうしてカルマ?その話題にはあまり触れない方が良いと思うけれど」
「いいだろ。珠希本人が調べてみたい、つってるんだ。それにどこでカルマって言葉に行き着いたのかがあたしには気に掛かる。誰かに吹き込まれた?」

 首を振って否定する。カルマの件について知ったのは全くの偶然だ。

「前、大書廊へ行った時に偶然そのコーナーに入って知った。だから完全に偶然だね」
「へぇ、成る程ね」

 なおもイーヴァが何故、どうして、と訊いてきたが珠希自身にも明確な理由があるわけでは無いので答えられなかった。どうして、なんて『勘』以外の何者でもなかったからだ。

 ***

 都営図書館は大書廊と比べれば小振りな図書館だった。雰囲気は家の近くにあった県営図書館に似ている。静謐な感じとか、煩い人間を排除しようとする空気とか。
 イーヴァは早々に自分の調べ物を探しに行った。

「さあ、ここにお前が探している情報がある。どれを見たい?」

 コルネリアに促され、ゆっくりと視線をさ迷わせる。
 そこで見覚えのあるタイトルを発見した。『献身の魔女』。これは確か、フェイロンも話をしていた気がする。

「献身の魔女について知りたいのか?」
「いや……これはフェイロンが話してた。何か、実際に見たらしいよ」
「実際に見た?大体70年前の話だから、その当時も奴はアーティアにいたって訳か。胡散臭いなあ、アイツ」
「理由も無く疑うのは良く無いと思うけどなあ。何を疑ってるのかもよく分かんないし。禿げるよ、コルネリア」

 バッカお前、とコルネリアが拗ねたように言いつのる。元から彼女とフェイロンは犬猿の仲だが、それにしたって理由無く人を悪いと決めつけるのは大人げないと思うのだが。

「理由が無い訳じゃ無いって。あいつ、有角族だろ」
「フェイロンが?あー、何かそうらしいね。よく分かんないけど。だから?って感じだし」
「冷めてる!……いいか、有角族ってのはアグリアの代表種なんだよ。あたし達魔族がそうであるように、奴等はアグリア界の代表としてあらゆる大陸に出向き、アーティアと友好をはかってる」
「世界間情勢とかどうでも……」
「黙って聞けよ。お前にも関係のある話だ、つってんの。いいか、王国にいる大使はフェイロンじゃない。今もそうかは分からないが、以前はリンレイっていう千年以上生きた有角族がやってた。って事はだ。フェイロンは大使ではなく、別の目的があってアーティアにいるって事になるだろ」
「だから、それがどうしたって言うのさ」

 堪らず振り返ってコルネリアの顔を見上げる。彼女の顔に笑みは無く、「いい加減に本を探すのを手伝え」と言おうとした言葉が支えた。
 ぐっとコルネリアがその端整な顔を近付けてくる。内緒話をするような、そんな小声。

「いいか、珠希。奴はお前の事を知っているのかもしれないぞ。知らないふりをしてお前の傍を彷徨いているのかもしれない」
「……それは無いんじゃない?私は行きずりのイーヴァに拾って貰った訳で、出会いがそもそも奇跡的な偶然なんだからさ」
「どうかな。どういう出会い方をしたのかは知らないけど、少なくともあたしはお前とイーヴァ達の繋がりは偶然じゃないと思ってるよ」

 ゆっくりとフェイロン、またはイーヴァの言動を思い出す。思い出すが、コルネリアに比べれば不審な点はまるで無い。潔白。どころか、助けて貰ってばかりだ。礼を言うことはあれど、「お前達のせいで!」と激昂する要素はどこにも無い。

「やっぱり偶然だよ……。世の中、そんなに私にだけ優しいはずがないもん」
「何言ってんの?まあいいや、イーヴァは偶然だとして、それでもフェイロンの言動は鵜呑みにするな。お前とは関係無いのかもしれないが、奴の動きは怪しさ満点だ。上司に『関わった存在は皆殺しで』、なんて言われたらマジでやりそうだし」
「何の話?」
「良くも悪くも、有角族は縦社会って話だよ」