第4話

14.


「着きましたよ」

 どのくらい歩いただろうか、不意に自分達の数歩前を歩いていた兵士がそう言って振り返った。
 気付けば目の前には大きな洞穴のようなものが見える。洞穴、と言ったが崖に出来た横穴と言った方が良いかもしれない。とにかく、人間が縦に2人くらいはゆうに入れる高さがあると言って差し支えないだろう。

「あー、またやりにくそうな所に……。ヴィルヘルミーネは何だって?中に入って討伐するのか、外へおびき出して叩くのか」

 ダリルの問いに少し怯えた顔をした兵士は周囲を見回した。とても不安そうな顔をしている。例えるならば、ファミレスにいる新入りバイトのような顔だ。
 そんな彼の背後から、兵士より一回り大きい身体の――男?が現れた。何故疑問形なのかと言うと、その人は全身鎧で武装し、顔も兜ですっぽりと覆ってしまって男性か女性かも判断できないからだ。ただし、体格からして女性という線は薄そうだが。

「久しいな、ダリル殿。ヴィルヘルミーネは中へ乗り込むと言っているようでな、貴方だけ迎えに来た」
「お、そうか。じゃあ俺は行って来るかな」

 野太い声。やはり男性だ。兜で聞き取り辛いが間違い無い。
 他の兵士達は一応顔面の部分が空いている兜を着用しているので個人の確認が出来るようになっているが、彼のそれは完全に行き過ぎた武装に見える。

「――どうした?」
「えっ!?あ、いや、何でも……無いです」

 鎧男からそう話し掛けられてしまったので、咄嗟にそう呟いた。しかし、当然穴が空く程男を見つめていたせいで口からの出任せは通用しない。

「だが、私を見ていただろう?具合でも悪いのか?お前の体調は急激に変化する可能性が少なくない、とダリル殿から伺っている。何かあるのならば遠慮せず――出来れば、倒れる前に申告して欲しいのだが」
「珠希ちゃんはお前の兜の下が気になってるんだよ。いいから、討伐戦を始めるんだろう?ここで油売ってる訳にはいかないんじゃないの?」

 それよりもまず、とフェイロンが神経質そうに眉根を寄せて言う。

「そちらは何者なのかを、我等にも紹介して貰いたいものだな。ダリル殿」
「あっ、ごめん。こいつはディートフリート。素性を隠しているように見えるけど、本人なりに周囲の気遣いのつもりだから触れないでやってくれ」

 如何にも軍人、という態度でディートフリートは軽く一礼した。ヴィルヘルミーネやハーゲンのような騎士然とした態度ではなく、どちらかというと粗忽さの見える振る舞いだ。
 ――が、兜の下がどうなっているのか、余計に気になる。
 ぐっ、と目を細めてみた。最近では念力のようなものにお株を奪われていた透視の力が役立つ時が来たのだ。

「えっ」

 すぐにダリルの言う「ディートフリートなりの気遣い」、の意を理解した。
 いつか見た事のある、茶がかった灰色の毛並み。三角形の耳は鎧のせいで上から押さえられ、垂れている。イヌ科特有の長い鼻まですっぽりと覆うこの鎧は特注に違い無い。
 ――人狼。
 異世界・アストリティアに来て初めて出会った人間以外の知的生命体にして、人間を喰らうと宣言した恐ろしい存在でもある。出会いが出会いだったせいで、すっかり「人狼=人を食らう」というイメージが定着してしまっていたようだ。親切な言葉を掛けられていたにも関わらず、条件反射で数歩後退る。

「珠希?どうかしたの?」

 怪訝そうな顔をするイーヴァに「何でも無い」、と先程と同じ心境で首を振る。いやいや、よく考えてみろ。その兜を被っている理由は明白だ。先程、自分が取ったような態度を他人に取られるのが苦痛だったからだろう。そんな気遣いをしている相手に対し、勝手にその兜の下を覗き見ておいてドン引きするなんて最低だ。
 しかし、今更誤魔化すのは不可能だった。はた、と動きを止めたディートフリートの疑念を後押しするかのように、ニヤニヤと嗤うコルネリアが訊ねる。

「あ〜ん?珠希ちゃんよぉ、今、何をする為に魔力を使ったのかなあ?」

 しまった、コルネリアの存在をすっかり忘れていた。
 赤いマニキュアを塗った指が伸びて来て、すう、とその手が目を覆う。
 案の定、コルネリアの出現でどことなくピリピリした空気を放っていたフェイロンが「ハァ?」、とガラも悪く棘のある息を吐き出した。

「今すぐ、何をしたのか説明せよ」
「……ごめん、どうしてもその凶悪な兜の下が気になって、その……透視、しちゃった。うん」
「倒れたら置いて行って構わぬと、そう言っておるのだな?」
「大丈夫!足は疲れてるし、体力も底を突きそうだけど、具合悪くは無いよ!」

 透視ってさあ、とこんな時にも呑気なロイは朗らかに笑う。場の険悪な空気をものともしていない。

「屋台の当たりくじ、引き放題じゃね?」
「ヨアヒムさん達と発想が全く同じで笑うんだけど」

 いいだろうか、とディートフリートが口を挟んだ。
 何だ何だ、と注目が集まった瞬間、彼はその兜を頭から外す。ふさふさの毛並み、押し潰されていた三角形の耳がピンと立った。

「よし、私の兜の下がうっかり露呈してしまったばかりに驚かせて済まなかった。透視の件は一度、忘れてくれるな?ここへは討論ではなく、ドラゴンの討伐の為に来たのだから」
「……大人げない事をして済まなかったな。では、珠希の件は一度忘れるとして、作戦の概要を聞こうか。俺は不参加でも構わぬのだろうが、まあ、ここまで着いて来たからには付き合おう」

 はぁ、と今度は少しばかり熱を冷ますようにフェイロンは嘆息した。